【連載】野安ゆきおが語る「東京ゲームショウの歴史」

新規の来場者が増えて大パニックが発生<TGS2006>【東京ゲームショウの歴史 第三話】

2019.10.28 野安ゆきお

さまざまなタイプの来場者が訪れる時代


2006年。東京ゲームショウにケータイキャリアが乗り込んできて、ケータイゲームを大々的に展示する時代が幕を開けます。

当時のケータイゲームの勢いは凄まじく、たとえばゲーム専門学校の卒業制作では、生徒がケータイ用のミニゲームを作って展示すると、訪れたキャリア各社の人たちが、次々に即決で権利を購入していく……。なんて光景が、当たり前のように見られたほどでした。

こうして勢いをつけたケータイゲーム業界では、2007年にはグリーが携帯電話向けの初のソーシャルゲーム『釣り☆スタ』を誕生させます。これで「ケータイでゲームを遊ぶ」という文化が一気に広がり、ソーシャルゲームというジャンルが爆発的な認許を獲得し、毎年のように倍々ゲームで市場を拡大させていくことになるんですね。

また、その頃の家庭用ゲーム業界に目を移すと、2004年にはニンテンドーDSが発売され、日本中を席巻していました。熱心なゲームファンだけがゲームを楽しむ時代ではなくなり、老若男女がゲームを遊ぶ時代が到来していたんですね。

これにより、東京ゲームショウの空気が一変しました。

東京ゲームショウには、いままで見かけなかったタイプの人が多数来場するようになるのです。とくに熱心なゲームファンじゃないけど、「ちょっとケータイでゲームを遊んでまーす!」といった、ごく普通の人たちですね。具体的に言うと、若者だけでなく、家族連れの姿が目立つようになってくるんですね。

来ただけで楽しめるイベントが増加していく


気楽にゲームを遊ぶ人たち、いわゆるライトユーザーとかカジュアルユーザーと呼ばれる人たちが東京ゲームショウに足を運ぶようになると、そんな客層の変化に合わせ、東京ゲームショウにはさまざまな変化が見られるようになりました。

最大の変化は、各種イベントの増加でしょう。

東京ゲームショウは、もともと流通関係者のために新作をアピールするための展示会でしたから、多くのメーカーは、新作ゲームをズラリと並べ、それをプレイしてもらうことを目的にしてブースを設営していました。かつての来場者たちは、それで満足していたのですが、それではライトユーザーとかカジュアルユーザーと呼ばれる人たちを満足させることができません。ライトユーザーの人たちは、そこまで熱心に新作を求めているわけじゃないからですね。

そこがゲームメーカー各社は、たとえゲームをプレイできなくても「来てよかった」と思ってもらえるよう、さまざまなイベントを催すようになるのでする試遊コーナーに、ただゲーム機を並べるのではなく、いろいろな仕掛けを用意するところも増えていきます。

また、各ブースがステージを作り、そこでタレントさん、芸人さん、声優さんなどを招いてショーをすることが一般化していきます。それ以前にも大手メーカーはステージを作っていましたが、2000年代中盤からは、あらゆるところがステージを作るようになっていくんですね。

小学生の子どもと、その保護者だけが入場できる「キッズコーナー」が大きくなり、大手メーカー各社がこぞってそちらに力を入れるようになるのも、この時期からです。中にはゲームショウ会場本体には出展しないソフトをこちらにだけ出展する、といったメーカーも出てくるようになるほどです。。

こうして東京ゲームショウは、かつての「新作ゲームをプレイしてもらうための展示会」ではなくなり、「プレイしなくても楽しめる楽しいイベント」へと、ちょっとずつ変化を見せていくのです。

ごく普通のファンが訪れたことによる大事件が発生


その一方、いくつかの事件が起きたことも、こっそりと紹介しておきましょう。

古傷をえぐるのはしのびないのでメーカー名は伏せますが、とあるブースで「試遊プレイをしたら体験版ソフトをプレゼントします! というサービスが行われました。その結果、「試遊まで300分待ち」という、とんでもない行列が誕生してしまいました。


長蛇の列が生まれれば、「それほどの大人気ソフト!」という話題性は生まれますし、ニュースバリューとして絶大でしょう。でも東京ゲームショウに訪れたことのある方はご存じでしょうが、9月の幕張メッセは暑いです。300分(つまり5時間)も立ちっぱなしで行列に加わっていたら体調を崩すに決まってます。

結果、そこでは倒れる人が続出し、次々に救護室に運び込まれる事態が発生してしまったんですね。そのメーカー(正しくは、それを企画した広告代理店)は運営サイドから大説教を食らうこととなりました。ゲーム業界関係者なら誰もが知っている、これは有名な事件です。

とはいえ、個人的にはちょっとだけメーカーに同情する気持ちもあるんですよね。「たくさん新作ゲームを遊ぶぜ!」と決意してゲームショウに訪れていた昔ながらのゲームファンなら、こんな行列には絶対に並ばないですもん。5時間も待つならとっとと諦めて、別のゲームの試遊台に並びます。そっちのほうが、多くのゲームにふれられますからね。

でも、この時期の東京ゲームショウは、ごく普通のゲームファンも多く訪れる場へと変わりつつあった。こういう展示会に慣れていない人も多かった。なので、誰も予想しないような事態が起きてしまったんですね。

2000年代半ばの東京ゲームショウは、こういった事件が多発した時期でもありました。なのでそれ以降、「行列は最大で120分まで」「それ以上の行列ができそうなときは、整理券を配る」といった厳しいルールが定められるようになったんです。いま、東京ゲームショウで当たり前のように配られている整理券の起源は、ここにあるんですね。

【野安ゆきおプロフィール】


ゲーム雑誌編集部、編集プロダクション取締役を経てフリーライターに。プレイしたゲーム総数は1000本を越え、手がけたゲーム攻略本は100冊を越える。現在はゲームビジネスを中心にした執筆活動を続ける。1968年2月26日生まれ。

Twitter:https://twitter.com/noyasuyukio
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