「eスポーツに夢を持てる未来を作るのが、我々世代がやるべきこと」【実況者・アール氏 インタビュー】 (2/2)
Twitchからの独立は
実況者としての新たな挑戦
——これまで順調にキャリアを積み重ねて来られて、Twitchという大企業にも所属されていましたが、今年からフリーに転身されましたよね? なにか大きな理由があったのでしょうか?
アール:2019年4月に勤めていたTwitchを退職しまして、そこでフリーランスで働くことを決意しました。
今これだけ規模が大きくなっているeスポーツですが、所属していると自分が関われることが限られてしまうのが現状です。そんななかでも自分が必要とされる案件が増えてきて、状況にもよりますがお手伝いできないことも増えてきている。それが自分の中でストレスにもなっていて、それを解消する目的もあってフリーランスになりました。
——フリーランスになって困ったことなどはなかったのですか?
アール:僕自身、実況者になってからマネージャーを立てたことはなかったので、特段困ったことはありませんね。Twitchに入る前から、交渉からスケジュールからすべて自分で管理して活動していましたし、ある意味その辺が自分でできてしまうので、フリーになれたということもあります。
また、Twitch時代にできなかったセルフプロデュースにも力を入れるようになりました。自分を磨くことが忙しすぎてできていなかったので、4月はめちゃくちゃ身体鍛えました(笑)。
身体鍛えるのってめちゃめちゃ辛いですけど、「俺がやりたかったのはこれだろ?」って自分に言い聞かせて、プロテイン飲んでジョギングして筋トレしたり(笑)。
——(笑)。ここ最近、プロゲーマーの間でも、フィジカルもしっかり鍛える人が増えてきていますよね。
アール:やっぱり年を取っていきますし、自分自身のパフォーマンスを下げたくないということもあり、身体を鍛えることはプロゲーマーはもちろん、こと実況者においても同じことだと思っています。
あとは同世代のゲーマーって無駄にストイックなんで、やるぞってなったら妥協はしたくないっていう精神がありますね(笑)。
——では、フリーランスになってよかったことは?
アール:フリーランスになってからひとつ挑戦していることがありまして。
今まではひとつのタイトルに深く関わることにこだわっていたんです。それは、自分がユーザーやコミュニティだった場合、実績と名前だけがある実況者がいきなり来て、大したゲームの知識もないのに実況しているものを見たら良くは思わないからです。
しかし、今はeスポーツキャスターに求められる場面が増えてきて、自分にも求められるものが増えてきた。そこで、今までの経験を生かしてある程度のライン引きをして、新しいゲームタイトルの実況に挑戦してみようと試みました。そうすることで、自分の活動の幅も広がるし、僕の知らないジャンルとのパイプ役にもなれると思いますしね。
4月末にはスマホゲームの『消滅都市0.』というアクションRPGの実況をやらせていただきました。準備期間が1週間とかなり過酷な状況で、5年も続いてるタイトルでもちろんコミュニティもあるという、完全未知の世界での実況です。この限られた期間の中で、どれだけ自分の実況ができるようになるかというのを必死に考えましたね。
いざ実況をしてみると『消滅都市0.』のコミュニティの方々にとても暖かく迎え入れていただき、5月末の決勝大会にも急遽呼んでいただきました「アールさんなしでは考えられない」ってメーカーの方に言われるほど頼っていただけたのはうれしかったですね。挑戦の先に成長があることを実感しました。
ただ、正直めちゃくちゃ過酷でしたよ。自分の知らない世界にいきなり放りこまれて、もちろん『消滅都市0.』のユーザーは僕のことなんかまったく知らない。完全アウェイな環境でしたけど、「だが、それがいい」の精神でやり抜きました(笑)。
まあ、こういう無茶はフリーランスでないとできないと思いますし、そう言った意味でもフリーランスなったことは自分にとっても大きく成長できる環境を作れたと思っています。
誰かの真似をしてもその人にはなれない
最高に厳しい視聴者は常に自分
——今まで実況をしてきた中で、アールさん以前にも同じように実況者をやっている方がいらっしゃったと思いますが、アールさんにとって印象的だった実況者やライバル的な存在だった実況者はいらっしゃいますか?
アール:それ、結構聞かれるのですが、正直な話、いないんです。良くも悪くも自分らしいというか、自分ができることって決まっていて、誰かの真似をしたところでその人にはなれないんですよね。僕は不器用だし、上手にその人の真似をするということができないということがわかっているので、誰かを参考にすることもあまりないですね。
ライバルという話に関しても、基本的に人と自分を比べないので、いないんですね。「俺は俺だし。俺が努力した分しか前に進めないし」っていう考えがあるので、例えば「こいつ、すげえ」って思った実況者がいても、それは自分にないものを持っているからであって、「じゃあ、それを取り入れよう」とかはないですね。
僕が実況をはじめた頃には前にも後ろにも人がいなかったので、その状況でやり続けるためには自分自身と向き合い続けるしかないという前提があったから、こういう考えに至ったのかもしれません。
また、プロになるに当たって最高に厳しい視聴者として、常に“自分”がいました。次の現場に向かう間にその前にやった自分の実況を聞いて、「これで喜ばれてるのか……?」って(笑)。
そうやって自分の実況を聞き直しては「いや、もっと良くできる!」って日々思ったりしています。
「TOPANGA LEAGUE」1期を終えて
これが自分の仕事になるかも、と思えた
——ご自身が「実況者としてやっていける」と感じたのはいつ頃ですか?
アール:大きく影響したのは、2012年に開催された「TOPANGA LEAGUE」ですね。
それまで格闘ゲームというのは、あくまで無料の配信で見て楽しむというものだったのですが、「TOPANGA LEAGUE」では初めて、有料のチケットを販売して、有料配信でショーとして見せる企画でした。それに実況者として参加させてもらったことで、自分の中のプロ意識が一気に上がりましたね。
「TOPANGA LEAGUE」とは※出典:ニコニコ大百科(https://dic.nicovideo.jp/a/topangaリーグ)
格闘ゲーム配信及び企画運営団体TOPANGAがニコニコ動画と提携し実現したニコニコ公式生放送における賞金付き格闘ゲーム大会の有料動画配信企画。
TOPANGA LEAGUEでは闘劇や海外の大会に比べて規模こそ小さいものの、対戦種目が『ストリートファイター IV アーケードエディション』の一種目であり、さらに配信日を12回に割くことで全対戦が高画質で視聴可能となっている。どの程度まで視聴者に受け入れられるのか、そしてチケットを購入してくれるのかが推測の域を超えない状態で始まったこの有料動画配信企画であるが、急遽本戦開始前に賞金付きMVP制度が発表され、さらには現在のリーグをAクラスとし下位リーグであるBクラスの導入を検討するなど、第2期以降のTOPANGAリーグの構想を着々と拡大していることから、予想以上の成功を収めていると推測できる。
この企画の行く末が、今後の格闘ゲームの有料動画配信の未来を占う試金石であるのは言うまでも無い。
自分が面白いと信じている格闘ゲームをショーとして見せる。「いつもの実況とは違うよね? キミはどうする?」って自分に問いかけられている感じがしました。
それこそいろいろ試してみたイベントでもありますし、いまでこそ僕の代名詞ともなっている「いってみましょおお~~~!」のかけ声もここで始めたのがきっかけですからね。とにかく、自分がエンターテイメントにどれだけ関われるかというのをものすごく考えました。
そしてこの「TOPANGA LEAGUE」を1期やり終えたときに、これ(実況者)が自分の仕事になるかも、と思えるようになりました。
——では、その段階まではまだ“仕事”としての忍識はなかった?
アール:もちろん対価はいただいてましたが、これで家族を養っていけるのかという疑問もありましたし、僕自身「家族を養っていけてこそ仕事」という認識があったので、まだ実況者だけでやっていける自信はなかったですね。
そう考えると、実況一本でやっていけると思い始めたのは2016年くらいの『ウルトラストリートファイターIV』シーズン終盤あたりですかね。その頃からゲームのイベントも増え始めてきて、世にある大きいゲームのイベントの実況は全部やる、みたいな感覚で実況できるようになった。そんなときに、Twitchから声がかかってプロとしての認識が高まりました。
あれから3年経った今は、当時とはまったく違った環境になっていて、ゲームのイベントも増え、自分の価値も変わり、市場の規模も違います。この状況で自分がフリーになったらどうなるのかな? という思いもあってTwitchを退職し、フリーランスで活動することにしました。
実況をやりたいという若者が夢を持てるように
自分が道を作っていきたい
——アールさんがおっしゃっているように、今ゲーム大会の市場の規模はどんどん大きくなってきています。アールさんに憧れてゲームの実況者になりたいという若者も少なからず出てくるかと思いますが、そういった若者に対してアドバイスはありますか?
アール:少し厳しめの言葉になってしまうかもしれませんが、「プレイヤーとして未練がなくなってから、実況をやるべき」ということを伝えたいですね。
実況をやりたいというのは、必ず実況をやりたいゲームがあるからだと思います。そのゲームの面白さを実況で伝えるには、少なからずゲームをやっていなければわからないことが多いです。そうなるとまずはそのゲームのプレイヤーであることが大前提だと僕は思っています。
反面、実況者はプレイヤーを立てる立場なので、自分がプレイヤーとして輝きたいと思っている間は実況者になるべきではない。なので、プレイヤーとしての人生をまっとうしてから実況者になるというのが本来の筋道なんじゃないかな。それがeスポーツ実況者のあるべき立ち位置だと思います。
——その考えだと、若い子は実況者には向かない?
アール:現実的ではないと思っています。だから、大和が実況をやりたいといったときも「はいはい、出た出た。そろそろこういう子出てくるよね」って信じていなかったんです(笑)。
だけど彼の実況を聞いたとき、僕の真似ごとではありましたけど、真似でもここまでやるのは難しいと感じました。それで彼が本気なんだなと思い、実際に会って覚悟を聞いて「ACTP」が始まったというのはありますね。
ACTPとは
「Aru's Commentator Training Project」の略で、アール氏による若手実況解説者育成プロジェクト。その中で実況の大和氏とササ氏がアール氏に弟子入りをし、「東京ゲームショウ2017」では大和氏が『ストリートファイターV』のイベントで実況解説を担当した。
「Aru's Commentator Training Project」の略で、アール氏による若手実況解説者育成プロジェクト。その中で実況の大和氏とササ氏がアール氏に弟子入りをし、「東京ゲームショウ2017」では大和氏が『ストリートファイターV』のイベントで実況解説を担当した。
「ACTP」は僕自身にとってもいい経験になりました。自分の目線を伝えるということは自分にとっても新たな挑戦だと思って、今まで感覚的にやっていたこともすべて言語化して彼らに教えていました。
——実際、大和さんたちは頑張っていると思いますか?
アール:成長している部分はありますね。「よくがんばったな」と言ってあげたい部分もたくさんあります。
ただ若いと言うこともあって、足りないこともまだまだあるので、その辺は社会を経験したり、もっともっと実況を経験して学んでいってほしいですね。
——最後に、アールさんの実況でeスポーツを見て育っている若者たちに向けたメッセージとして……「ゲーム実況には夢はあると思いますか?」
アール:若い子にとって、今の「eスポーツ」っていうのは夢があると思いますよ。
その中で、実況やゲームキャスターになりたいという子については、僕が夢を持てるようにします! 後続の実況者が夢を持てるような道を、作っていきたいんです。
夢を持てるような未来を作るのが、我々の世代がやっていくべきことだと思っています。それは現場に出続けることなのか、それとも別の形で貢献することなのかはわからない。ただ、前例として定年まで実況者として活躍していければ、未来の実況者も安心して実況者を続けられるのではないかなとも思っています。
そのためにも、僕が前例になって定年まで活躍し続けられたらいいですね(笑)。
——ありがとうございました!
―――――
実況者という存在はゲームのイベントを盛り上げるだけでなく、プレイヤーの心理状況やゲームの流れ、立ち回りの戦術など、プレイヤー目線での知識も膨大に必要となる。限られた時間の中で、実況を行うタイトルの知識を身につけるための苦労は計り知れない。
そんな苦悩を抱えながらも、選手ひとりひとりが輝けるような瞬間を見逃さず、プレイヤーもギャラリーも楽しませる技術と想いを持ったアールさんは、本当に素晴らしい才能の持ち主だと、インタビューをしてあらためて感じることができた。
フリーランスとして独立したアール氏のさらなる活躍を期待するとともに、これからも実況者の先駆者として、新たな道を切り開いていく姿を追いかけていきたい。
【関連リンク】
■アールさんTwitter:
https://twitter.com/papatiwawa
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