主役は選手。僕は足りないピースを見つけ出す立場でありたい【メンタルコーチ 橋本勇郎氏インタビュー】

2021.3.9 井ノ川結希(いのかわゆう)
日本のeスポーツシーンがまだ見えなかった時代から、世界を見据えたeスポーツチームをマルチに立ち上げて活躍してきたSCARZ。特に『VALORANT』では、国内初のVALORANT公認オフライン大会「EDION VALORANT CUP」では、強豪を次々と倒して優勝を勝ち取るなど、めきめきと実力を付けてきている。

そんな『VALORANT』部門が実力を付けてきた要因として、メンタルコーチの導入があるとのこと。eスポーツチームにおいて、メンタルコーチを導入するというのは当時としては非常に珍しいこともあり、実際どんなことをしているのか気になっている読者も多いのではないだろうか。

最近では、REJECTやFOR7といったeスポーツチームも、メンタルコーチを導入している。そこで、eSports World編集部では、そんなメンタルコーチの役割について紐解いてみた。

橋本 勇郎(はしもと ゆうろう)

東京学芸大学大学院学校心理専攻修了後、2017年よりスポーツメンタルコーチとして活動。プロアスリートを中心に幅広くサポートしている。2020年には、eスポーツチームのメンタルコーチとして、SCARZのVALORANT部門で活躍している。


ひとりひとりと向き合いたいという気持ちから、
メンタルコーチへと転身


——まず橋本さんがどのような経緯でメンタルコーチをはじめたのかお聞かせください。

橋本氏(以下、橋本):学生時代スポーツをやってきたこともあり、もともとは部活動の顧問ができたらいいなと教員を志して大学に進学をしました。そこで、生徒の気持ちと向き合う先生になりたいと思って心理学を専攻したんです。

——なるほど。もともとは教員を目指していたんですね。

橋本:はい。そこで、教育実習をやる機会があったのですが、クラスに30人ほどいる子どもたちと深く向き合うことができなかったんです。そこで、もっとひとりひとりと向き合いたいなという気持ちを持つようになりました。

もともと学生時代にアメフトをやっていた経験もあったので、スポーツ選手のメンタルをサポートできるような職業はないかと考えるようになり、スポーツメンタルコーチという職業を探しました。

そこから大学院で心理学を学びながら師匠にあたる鈴木氏に教えを受け、4年前よりスポーツメンタルコーチとして活動しています。

カテゴリとしてはプロからアマチュア、学生などのさまざまなカテゴリに属する選手で、競技としても球技やトラック競技、格闘技などなど——。どのような競技にも対応しています。

——そういう経緯があったのですね。私たちが「メンタルコーチ」という言葉をはじめて聞いたのは、昨年10月に開催された「EDION VALORANT CUP」での優勝インタビューだったかと思います。どのような経緯でeスポーツチームのメンタルコーチを担当することになったのですか?

▲EDION VALORANT CUP Day3 Grand Finalの優勝インタビュー。手越さんの「メンタルコントロールはどのようにしているのか」の質問に、marin選手が「メンタルコーチを導入している」という返事をしている

橋本:僕がSCARZ VALORANT部門へジョインしたのは、去年の8月くらいでした。もともと、2019年のころから、SCARZ代表の友利さんと、副代表の遠藤さんとお話しさせていただく機会があり、その時から、「チームとしてeスポーツ業界の先を考えた時に、選手のメンタル面の成長にコミットしたい」というお話をうかがっていました。

プロとして「ゲームだけできればいい」ということではなく、チームの活動を通して人として成長してほしいとおっしゃっていたのを覚えています。

——なるほど。橋本さんとしては、今まで関わってきたいわゆる「リアルスポーツ」とはまったく違うジャンルの世界に飛び込んだことになるかと思います。お声がかかったときの印象はどうでしたか?

橋本:正直な話、「できるのかな……」という感じもありました(笑)。

自分自身、あまり馴染みのない世界でもありますし、最初は探り探りでしたね。ただ、自分の力を発揮するとか、課題に向かって取り組むという姿勢は、リアルスポーツのアスリートとなんら変わらないことですので、そういった共通部分から介入していくことで、問題が解決していけたらなとは思っていました。

eスポーツにおけるメンタルコーチの役割と
SCARZ VALORANT部門の選手について


——eスポーツにおけるメンタルコーチの役割として、eスポーツならではの考え方はありましたか?

橋本:eスポーツもプレイしている「人」がいる限り、心・技・体の全体が重要であるというのは変わらないなと思っています。また、決められた状況で自分自身のパフォーマンスを発揮することが大事という意味でも、リアルなスポーツと本質は同じです。

ただ、心・技・体でいうところのの部分への意識、多くのリアルスポーツで行われるようなハードなトレーニングや、それに対するケアなどについては、リアルスポーツと比べてまだまだ課題はあるように思います。

——どのような部分に課題があると感じますか?

橋本:eスポーツもフィジカル面が非常に重要な部分ではあるのですが、まだまだそこに重きを置かれていない状況だと思っています。例えば、リアルスポーツだと体力的な限界を感じやすいので、継続して練習することはできませんし、そういった部分を自分自身でマネジメントしやすいです。

ですがeスポーツの場合、際限なくできてしまうんです。8時間でも10時間でもぶっ通しでプレーすることもあります。

そうすると、いつの間にかに身体の調子が悪くなってしまい、自分自身でコントロールができない状況になってしまうんです。

——確かに、ゲームに没頭すると10時間以上やり続けてしまうこともあります! なんかうまくいかないことも、疲れているのが原因だとは思わず、「なんか調子あわないなぁ」くらいにしか感じなかったり。

橋本:eスポーツ界がフィジカル面を重要視していない訳ではないのですが、まだまだ意識を高められる部分ではあると思います。競技以外の時間でも、コンディションを整えたり、作戦を練ったり、競技のために使える時間はたくさんあるので、そういう部分をサポートしていきたいです。

海外の事例として、フィジカルトレーニングに取り組んでいるチームもあるということも聞くので、プロゲーマー=アスリートと呼ばれる日は近いのではないかと思いますね。

——プロゲーマーの中には不規則な生活をしている選手も多いと思うので、その辺はいちアスリートとして意識を高めていきたいですね。メンタルに大きく影響するものとして、「勝敗」というのは切っても切れない部分だと思いますが、勝敗に応じてアドバイスを変えたりはしているんですか?

橋本:個人やチームの成果が奮わない時、確かにメンタル面に原因があることもあります。しかしメンタル面の課題を突き詰めていくと、生活面だったりフィジカル面にあったり、はたまた戦略面が課題に上がったりすることもあります。


例えば、「試合の時にいつもの通りにプレーできない」という課題の裏には、「試合前だけ早起きする」ということがあったりします。本来であれば生活リズムは一定の方がメンタルは整いやすいはずですからね。

だからこそ、選手とは「事実と気持ちを切り分けて振り返る」ということを共有していたりします。試合の結果に関わらずやるべきことをやる。

——事実と気持ちを切り分ける?

橋本:はい。うまくいかなかった時って「あれがダメだったのかな」というふうにマイナス要素を考えやすいですよね。逆にうまくいった時は「これができたからうまくいった」というふうにうまくいった理由を探しがちです。いわゆるバイアス(偏り)がかかる状態ですね。

このように気持ちだけで考えていくと、逆の立場に立ってものが見られなくなってしまいます。今の話でいうと、うまくいった時に「もっと良くできた部分はなかったのか」とか、うまくいかなかった時に「合格点まではいかなかったけど50点くらいはできたよね」とか。

気持ちを切り離してしっかりと事実を見つめるという指導をしています。

まあ、ざっくりいうと「気分に流されずに考えようね」ということです(笑)。

——なるほど。わかりやすいです! はじめて選手と対面したときは、どうでしたか?

橋本:何かで活躍している人というのは、それ自体が好きだったり、楽しんでいたりするものです。そういった意味で考えると、eスポーツも最たるものだと思っているので、ゲームを好きになったきっかけとか、
なぜeスポーツ選手になろうとしたのかとか、基本的なところからコミュニケーションをとりました。

——各選手の印象は?

橋本:みなさん本当に素直だなあと思いますね。そういった面では、リアルスポーツの選手よりもやりやすさを感じることもあります。
▲marin選手

marin選手は自他ともに認めるプレッシャーの中で力を発揮できる選手です。そしてそれを無自覚にやってしまうようなところに驚かされることが多いです。チームリーダーとしてプレーで引っ張ることはもちろん、いろんな意見をまとめて「こうしたらいいんじゃないか」とみんなが納得できるような意思決定をすることもできます。チームとして彼が自由にプレーできるような状況をいかに作れるかが今後も鍵になると思います。

▲Sak選手

Sak選手については、彼のひとつひとつのプレーや言葉でチームのパフォーマンスが変わってくることがあり、チームのキーになる存在だと思っています。コミュニケーション能力が非常に高く、相手の意図を読み取ることにも長けているので、チームの円滑なコミュニケーションにおいて大きな役割を果たしています。

▲ade選手

ade選手は、よくコミュニケーションをとります。物腰や雰囲気がクールなイメージがありますが、その裏で熱い気持ちを秘めている選手でもあります。さらにすごいのは、それを自身の生活の中で上手にコントロールできることです。彼が高いパフォーマンスを維持できるのはそういった面があるからだと感じます。

▲ryuota-選手

ryota-選手のことを知って人ならわかりますが、彼は非常に愛嬌があって、チームの雰囲気を和らげてくれる存在です。また、チームに対して貢献するということを当然のようにやり抜きます。なので彼の優しさに何度もチームが救われたことがありますし、彼がしんどい時にはチームみんなで彼を支えます。これはあまり真似できない才能だと思います。

▲Npoint選手

Npoint選手のすごいところは、状況に関わらずパフォーマンスが一定の水準を保てることです。その点ではチームの土台といえると思います。また、多くを語るタイプではありませんが、チームの現状に対する彼の意見は客観的かつ鋭く、驚かされることも多いです。だからこそメンバーからの信頼も厚い選手です。

——皆さん個性派ぞろいですよね。各選手をコーチングしてみてどのように感じましたか?

橋本:チームとしてもちろん解決すべき課題はありましたが、ウィークポイントに注力したというよりは、いいところをきちんと理解してそれを生かす方法をどうするかという方向性で考えています。

そう言った意味で考えると、このチームの長所はメンバーが持つ「懐の深さ」です。選手同士がそれぞれの良さを認めあって、そこにチームワークを見いだしているところが非常に素敵だなと、会ってすぐに感じました。

シーズンを戦っていく中でストレスフルな状況があったとしても、それがあるからこそ今ある課題に対してきちんと向き合う強さがチームとして出てくるということをよく話しています。

——なるほど。メンタルコーチの目線から見て、海外で勝てるチームになるにはどうするべきだと思いますか?

橋本:そもそも論になるのですが、「日本が下で、海外が上」だという考えを捨てることです。海外が上だという意識があると、実際に国際大会になったとき、「普段よりも上を目指さなければ」という気持ちになってしまいます。

そういった面を踏まえると、世界で戦うための準備をしっかりとして、世界との戦いをリアルにイメージできるかが重要だと思いますね。

——確かに「日本のeスポーツチームはレベルが低い」という出発点から物事を考えている人は多いと思います。そう考えると、根本的な考え方を変えるというのは大切なのかもしれませんね。


自分自身メンタルが弱いからこそ、メンタルについて考える
それがメンタルコーチである所以


——私自身、メンタルが強い方ではないので、橋本さんのようなメンタルコーチの人ってどれだけ強いメンタルを持っている人なんだろうと思ってしまいます。橋本さん自身、メンタルを強く保つために意識していることはありますか?

橋本:僕のようにメンタルに関して考える人って、実はそんなにメンタルが強くないんです。強くないから考えるみたいな(笑)。


——あはは。メンタルコーチだからといってメンタルが強いとは限らないんですね(笑)。

橋本:そうですね(笑)。

自分のメンタル面を保つためにも、「無理をしない」ということは日頃から意識しているかもしれません。「大きな山を登るためにはゆっくり登り始めなければいけない」という言葉があるのですが、その言葉を意識して日々生活しています。

また、すごくメジャーですが「7つの習慣」という書籍は、ボロボロになるまで読みました。読むたびに発見があって面白いです。漫画だったら井上雄彦先生の「バガボンド」が好きですね。勝ち負けというものに向き合う心構えという点においては選手にもおすすめです!

——心構えと言えば、eスポーツはまだまだ認知されてない部分もあり、いまだにリアルスポーツと比較され、「身体を動かさないeスポーツはスポーツなのか」と思われがちです。その点についてどう思われますか?

橋本:メンタルコーチとしての考えは、まず何かと比較することは排除して考えます。比較しながら物事を考えると、足りないところを探し始めてしまいます。

新しい世界というのは、得てして既存のものと比較され、足りないところを否定されがちです。そういったではなくて、違いを見て欲しいですね。

例えば、外国の人が敬語使えなかったとしても、なんとも思わないじゃないですか? そういう感覚で見てもらえるとうれしいなあと思いますね(笑)。

——なるほど。わかりやすい(笑)。最後に、eスポーツチームをコーチングするにあたっての課題や展望をお聞かせください。

橋本:まず前提として大事なのは、競技シーンにおいては常に選手が主人公であり、主導権は彼らにあるということです。僕の仕事は選手をサポートすることにあるので、彼らの見たい景色を見られるようにするのが展望です。そしてそこに対するあらゆる障害が課題だと考えています。

それを踏まえた上でメンタルコーチとしての課題を挙げるならば、選手が競技をする原体験にある「楽しい」という感情を大切にしたいと思っています。この感情はスポーツにおいて本質的な部分でもあると思っていますが、競技レベルが上がれば必然的に楽しいと感じる場面も少なくなってくるのも事実。

しかしそう言った時にこそ、「困難な状況をどう楽しむか」という課題に真剣に取り組むことは、とても価値のあることだと思います。僕はスポーツメンタルコーチとして選手とそういったプロセスを突き詰めたいと思いますね。

いい結果につながったり、何か物事が解決したりする時は、「あとひとピースだけ何かが足りない!」といったケースが多いように思います。だからこそ思うのは、メンタルコーチが入ってすぐに解決する課題というのは、ほとんどが整っている場合が多い。これはSCARZというチームに関しても例外ではなく、メンタルコーチが機能したのは、選手の日頃の成果やチームスタッフの献身があったからこそ。

ただ、そのひとピースがメンタルという部分にある場合は、その正体がわからないケースが多くあります。「なんだかわからないけどパフォーマンスが発揮できない」、「うまくコミュニケーションが回らないが、うまく改善できない」というような、メンタル面に何か課題があるのではないかという場面では、メンタルコーチとしてチームの課題を一緒に改善する手伝いができるのではないかと考えています。

SCARZさんのYouTubeチャンネルで、ゲーミングハウスの特集動画があります。そこでmarin選手が話していたことが僕にとって腑に落ちましたね。あくまでメンタルコーチを受けたことで、すべてが変わったわけではないけれど、「一部に関わっているのは間違いない」というところです。


「なにかあとひとつ足りない」というピースを見つけ出すことができたならば本望です。今後も、彼らの支えになる存在でいられたらと思います。

——ありがとうございました!

———

メンタルというのはその名の通り、目に見えるものではないため、なかなか説明するのも、理解するのも難しい分野である。それは、メンタルコーチの橋本氏も課題としているほど、具現化するのは難しいことだ。

しかし、eスポーツをはじめとした勝負事には、かならず精神的な部分が大きく影響していて、自分の気持ち次第で、自分自身の実力を大きく動かせることができると思う。

そういった「気づき」をうまく引き出し、常に最高のコンディションを保てるようサポートし続けるメンタルコーチという存在は、eスポーツチームに不可欠なのではと、インタビューをして改めて感じた。

フィジカル面での強さが一律だった場合、最終的な強さをつかさどるのはメンタル。eスポーツならず、日々の生活でも、自分のメンタルと向き合うことの大切さを実感するとともに、もっともっとメンタルコーチという存在が周知していってほしい。


SCARZ Twitter:
https://twitter.com/SCARZ5

橋本氏Twitter:
https://twitter.com/hashimotoyuro

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