【インタビュー】国内eスポーツ大会の神視点はまさに神——オブザーバーのテクニックに迫る

eスポーツ元年と呼ばれた2018年を皮切りに、eスポーツ競技タイトルも増加。それに合わせて、国内の大会も非常大きな盛り上がりを見せ、日本も世界に匹敵するほどの大規模な大会も増えてきている。

中でも、eスポーツにさまざまなエンターテイメント性を掛け合わせた、eスポーツリーグ「RAGE」の大会は、クオリティの高さ、エンターテイメント性など、日本最大級の大会といっても過言ではない。

また、大会に欠かせないのは人気のあるタイトルや選手だけではない。さまざまなスタッフが活躍していることにも注目したい。解説者や司会進行など目立ったスタッフのほかにも、目に見えない部分で活躍する「裏方」の存在も忘れてはならない。

今回は、そんな大会を裏で支えるオブザーバーというスタッフに着目。『VALORANT』初の公式大会からオブザーバーとして活動し続けているAさんに、普段の仕事のあり方など、大会をより盛り上げるための秘訣をおうかがいした。

▲オフライン大会の裏側では、オブザーバーをはじめとするスタッフが、リアルタイムで大会の進行を管理している

オブザーバーは視聴者の“見たい”を届ける仕事


——まずはオブザーバーの役割を教えてください。

オブザーバーA:大会において、視聴者の方が見ているゲーム内の視点を切り替えるポジションです。いわゆる「神視点」とか「インゲームカメラマン」などと呼ばれています。

——そもそもAさんがオブザーバーになったきっかけは何だったのでしょうか。

オブザーバーA:学生の頃から「eスポーツに関わる仕事がしたい」と漠然と思っていて、その頃から知人の紹介でeスポーツに関わる仕事に携わっていました。

当時は、競技運営だったり選手の管理だったり、さまざまな業務に携わっていて、その中のひとつにオブザーバーがありました。いろいろな業務を担当した中で「自分に向いているのはオブザーバー」だなと感じていましたね。

その後もeスポーツの制作会社などを経験し、今はRAGEでオブザーバーとして働いています。

——数ある業務の中から、なぜオブザーバーが向いていると思ったのでしょうか。

オブザーバーA:なんていうか、オブザーバーをやっているときの自分が一番輝いていたんですよね。自分の考えていることが、すべて(画面を通じて)反映されているというのが、自分にとってやりがいを感じるポイントでした。


——もともとゲームはやっていたのでしょうか。

オブザーバーA:学生の頃から『Alliance of Valiant Arms』(以下、AVA)をプレーしていて、当時は、「日本一になりたい」という思いから、かなり真面目に取り組んでいました。

——というと、結構プロ選手になる勢いで活動していた?

オブザーバーA:実は『AVA』で一番強いといわれていたチームに入って活動していました(笑)。

——ええっ! 元プロ選手の方だったんですね。

オブザーバーA:まあゲームの腕前は昔に比べてかなり落ちましたけどね(笑)。

そのチームでの活動で、FPSやタクティカルシューターの基礎を学ぶことができて、そうした経験がオブザーバーの仕事にかなり影響しているとは思います。

オブザーバーの役割と人数


——今回は『VALORANT』の競技シーンを例におうかがいしていますが、オブザーバーのチーム構成も教えてください。

オブザーバーA:主にインゲームのカメラマンが3人、スイッチャーがひとり、そしてリプレイ担当がひとりの合計5人体制で構成されています。

まずインゲームカメラマンのふたりで選手目線の視点をピックアップし、もうひとりが俯瞰視点を管理します。その3つの映像の中からスイッチャーが「どのシーンが一番面白いのか、また注目されるのか」といった要素を判断して、配信に映すシーンを選んでいます。

その間、リプレイ担当がラウンド直後のリプレイシーンを編集し、ラウンドごとに挿入していくというのが一連の流れですね。

その中で僕はスイッチャーを担当しています。

▲オブザーバーの連携イメージ。10名の選手の中から、今注目すべき選手をふたりのインゲームカメラマンが抜粋。その間、俯瞰で見せたいシーンを、もうひとりのインゲームカメラマンが制御している。その3つの映像の中から、特に注目すべき映像をスイッチャーが判断して配信に乗せているといった感じだ

——話を聞くだけでもめまぐるしさが伝わってきますね。リプレイは試合中に映っていない選手視点の映像も流れることもありますよね。

オブザーバーA:そうですね。僕が最適な映像を映せなかった時など、配信に映っていないキルシーンをリプレイで補完するといった形を取っています。

常にオブザーバー同士で連携を取りながら流動的にカメラを操作しています。

——選手が10名いる中からふたりを抜粋するインゲームカメラマンも、かなりの技術が求められそうです。

オブザーバーA:選手と同じ感覚で、お互いコミュニケーションを取りながら、各々が違う映像を撮るように心がけています。

また試合の流れがわかるように、「絶対ここを撮った方が面白い」というシーンを意識して、「俺がここを撮るから、お前はそっちを撮ってくれ」みたいな会話を常に話しあっていますね。

スイッチャーである僕は、そんなインゲームカメラマンの会話を聞きながら、自分が見せたいシーンを選んでいるんです。

——なんとなくインゲームカメラマンが多い方が、負担がないように感じますが、そうではないのでしょうか。

オブザーバーA:『VALORANT』の仕様上、観戦者の人数は限られていますし、人数が増えるとコミュニケーションも乱雑になってしまうので、最小構成でどれだけクオリティーを出せるのかという部分が重要になってきます。

ちなみにVALORANT Championsなど、海外で開催されている大会の運営スタッフは、僕らよりも最小構成で、選手視点がひとりと、俯瞰視点がひとりの2名のみでインゲームカメラマンを担当していて、さらに俯瞰視点のインゲームカメラマンが、スイッチャーも担当しています。

——それはそれですごい……。

オブザーバーA:なので、人数が多ければ多いほど、いい映像が視聴者さんに届けられるというわけでもないのがオブザーバーの面白いところですね。

——ちなみに、具体的にどのように映像をスイッチングしているのでしょうか。言える範囲で教えてください。

オブザーバーA:簡単に説明すると、いわゆる「映像スイッチャー」と呼ばれる機材を使って映像を切り替えています。

▲映像スイッチャーとは、Blackmagic Designの「ATEM」シリーズのような、機器に接続されている映像をボタンで切り替えられる装置のことを示している(出典:Blackmagic Design公式

国内大会の配信が「神カメラ」と呼ばれる所以(ゆえん)


——では、実際にスイッチャーのテクニックについても深掘りさせてください。数ある視点の中から、Aさんが「これだ!」と思った映像を瞬時に見極めている訳ですが、そういった視聴者が見たい映像を見極めるコツはあるのでしょうか。

オブザーバーA:実はあまり意識したことがなくて、抽象的な答えにはなってしまうんですが、やはり過去のFPSを本気で取り組んでいたという点が非常に大きいですね。

例えばプレーヤー1とプレーヤー2がこういう配置をしている時、どっちが先に撃ち合うかとか、どちらが先に交戦するのかなんていうのは、プロ選手時代に培われたFPSの基礎が体に染みついているからこそ瞬時に判断できるものだと思います。

こういったFPSの基礎ってタイトルが変わっても共通だと思っているので、試合中はそういったことを難しく考えず、「なんかこの選手が先に撃ち合いそうだな」という感覚で勝手に手が動いているって感じです。

なんなら、そんなことも頭で考えず指が先に動いているみたいな感じですね(笑)。

——ある意味、職人的な才能なんですね。

オブザーバーA:そうですね。特に『VALORANT』はエージェントによって、さまざまな効果のあるアビリティーが存在しているので、さらに難しい要素が絡んできますよね。

そういうのも、ミニマップで配置を見ながら「この選手がアビリティーを使いそう。そうなったらこの選手が前に出て撃ち合う」というのを常に考えながら試合を見ています。

——例えば、これからオブザーバーを目指したいという人は、どのような練習をすればAさんのような感覚が身につくと思いますか。

オブザーバーA:なかなか言語化するのが難しい感覚なのですが、まずはそのゲームをプレーして理解するということは大前提にあります。僕自身、『VALORANT』を結構プレーしていますしね。

そういったFPSの基礎や、各タイトルのセオリーが理解できていれば、誰でもできる仕事だとは思っています。

あとはオブザーバーメンバー全員がその域に達していることが重要ですね。

『VALORANT』リリース当初はフィジカル重視の撃ち合いメインな試合展開が多かったですが、最近はアビリティーの連携を駆使した『VALORANT』らしい試合展開が増えてきました。ゲーム理解度が高くないとオブザーバーをやるのは難しい時代になってきましたね。

▲エージェントが増え、単純な撃ち合いだけでなく、お互いのアビリティーが交錯するシーンが多くなってきた昨今の競技シーン。オブザーバーに求められる技術も高度なものになっているに違いない

「僕らは目立ってはいけない黒子のような存在」
オブザーバーの本来あるべき姿とは


——話を聞けば聞くほど、どのような練習をすればいいのだろうと思ってしまいますが、実際に何か練習方法はあるのでしょうか。

オブザーバーA:基本的にはぶっつけ本番なので、ちゃんと練習をする環境があるといったら「ない」です。

この4年間でオブザーバーの入れ替えがありましたが、機材の使い方だけ教えて、あとはぶっつけ本番みたいな感じですよ(笑)。

——ひえええ。実際にミスがあった場合はどうしているのでしょうか。

オブザーバーA:試合が終わった後に「あのシーンはこうした方が良かったね」というふうに話し合いながら都度都度修正しています。

『VALORANT』においてオブザーバーの練習をするならば、カスタムマッチに観戦者として入ることくらいしかできませんが、そもそもプレーヤーが10人集まっていて、その中に観戦者として入れる環境なんてそうそう作れるものでもありません。

なのでオブザーバーに興味がある人は、「なぜ今このシーンに切り替わったのか」というのを意識しながら実際に配信されている大会を見るのをおすすめします。

——オブザーバーとして気をつけていることはありますか?

オブザーバーA:一番気をつけていることは、オブザーバー同士のコミュニケーションです。一番いいシーンを撮るためには、オブザーバー同士が意思疎通をして、誰がどの映像を押さえているのかを把握することが重要です。

例えばインゲームカメラマンが、勝手に自分が見たいシーンだけを切り取っていると、スイッチャー側からしたら「なぜこのシーンが切り取られているんだろう?」ということになってしまい、一連の流れとしての映像にならなくなってしまいます。

視聴者さんに各ラウンドの流れが伝わるように、試合中もしっかりと声を出してコミュニケーションを取って、常に共通認識を持てるよう心がけています。

——とても神経の使うお仕事のように感じます。オブザーバーとして苦悩などはありますか?

オブザーバーA:それこそ経験が浅かった頃は、自分たちが撮りたかったシーンを撮り逃してしまった時に、配信のコメントなどを見ては落ち込んだこともありました。

コメントばかりを気にしているとオブザーバーのパフォーマンスにも影響がでてしまうので、最近はコメントのことは気にせず気持ちを切り替えています。

——確かに、配信では「おい、カメラ!(しっかりしろ)」的な、カメラいじりは多々ありますもんね。

オブザーバーA:そうですね。そういったコメントが出てしまうのはオブザーバーの責任でもあるので、極力減っていくようにしなきゃとは思いますね。

——オブザーバーの方も結構コメント見ているんですね。

オブザーバーA:最初の方が結構見てましたよ。もちろん悪いコメントもあれば、「カメラすごい」みたいないいコメントもあって、そういうのを見てはひとりでニヤニヤしてた時期もあったなぁ(笑)。

ただ、僕らは黒子のようなものなので、視聴者さんが自然と試合に集中できるような、カメラワークなんて気にせず見られるような環境を作っていきたいと思っています。いい意味でも悪い意味でも僕らは目立っちゃいけないんです。

——確かに、一番視聴者が気になるところはカメラワークではないですもんね。そんな縁の下の力持ちともいえるオブザーバーになりたいと思っている人に向けて、オブザーバーの魅力を教えてください。

オブザーバーA:自分たちが作った映像を見て、お客さんが盛り上がってくれていることが一番うれしいことでもあり、やりがいを感じる瞬間でもあります。お客さんの心を動かすシーンや、思い出となるシーン作りに携われることはうれしいですし、僕らも幸せを感じます。

また、自分の思い描いていた通りに試合の映像を組み立てることができた達成感も大きいので、これからオブザーバーになりたいと思っている人は、ぜひその感覚を体験してほしいと思います。

——ありがとうございました!

———

視聴者の“見たい”を届けるオブザーバー。普段何気なく見ている配信は、彼らによる超絶技巧によって作られ、彼らのおかげで決定的瞬間を見届けることができるのだ。

もちろん、運営スタッフは彼らだけではない。オフライン会場のリアルの映像管理するカメラマンや、ネットワークを管理するネットワークチーム、本配信やウォッチパーティーを管理する配信管理チームに、試合中のスタッツなどオーバーレイを管理するテロッパーなど、非常に多くのスタッフの協力によって、ひとつの配信が成り立っているのだ。

こうした見えない裏方の努力があってこそ、視聴者は安心して試合に集中でき、忘れられない瞬間を体験することができるのである。これからも彼らの努力が、視聴者に最高の瞬間を届け続けていくに違いない。

【番外編】新マップ「アビス」の見どころは?

——『VALORANT』では新しいマップや新しいエージェントなど、新要素が追加されることが多いタイトルですが、そういった新要素はどうやって吸収しているのでしょうか。

オブザーバーA:実際にオブザーバー同士でゲームをプレーして「ここをこうやって映したら面白よね」とか「このエージェントのアビリティーは、あのエージェントと相性が良さそうだね」なんていうのを話し合って、お互いが共通意識を持つようにしています。

——例えば、最近追加された新マップ「アビス」での見どころはありますか?

オブザーバーA:一番の見どころはやっぱり落下によるデスじゃないですかね(笑)。またアビスに関してはミッドが熱いです。さまざまな射線があって、さらに落下ポイントもあるので、バチバチに撃ち合うシーンが多いです。

ほかのマップのミッドに比べても特に難しいポジションですね。

——オブザーバー視点でも難しいですか?

オブザーバーA:かなり難しいですね。「Game Changers」(女性部門の大会)ではアビスがピックされる試合が多かったと思いますが、正直ミッドは訳がわからないです。

僕らも最初の頃は「何が起きているんだこれ」って言いながらやってましたよ(笑)。

▲高低差に加え新たなギミックの落下ポイントまであるアビスのミッド。今後、オブザーバーによる魅せるミッドバトルにも注目したい!


編集:いのかわゆう
撮影:いのかわゆう


【井ノ川結希(いのかわゆう)プロフィール】
ゲーム好きが高じて19歳でゲーム系の出版社に就職。その後、フリーランスでライター、編集、ディレクターなど多岐にわたり活動している。最近はまっているゲームは『VALORANT』。

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