【海外eスポーツ事情】 なぜ韓国はeスポーツ強国なのか? ──プロも輩出する現地大学に潜入して見えた「本気の教育」

2025.4.11 スイニャン
世界的にeスポーツが強い国といえば、韓国を思い浮かべる人は多いだろう。『リーグ・オブ・レジェンド』では3年連続で世界一のチームを輩出し、『VALORANT』でも常にアジアのトップに君臨するなど、さまざまなタイトルで活躍している。

今回、ご縁があって韓国・平沢(ピョンテク)市にある「国際大学」のeスポーツ学科を訪問・取材する機会に恵まれた。

実際に韓国の教育現場を見学し、いろいろな方にお話をうかがう中で、「韓国がeスポーツ強国である理由」がたくさん見えてきた。うかがった内容をお伝えするとともに、その所感をまとめてみたい。

国際大学のキャンパス。韓国の学校制度は3月入学であるため、筆者が取材に訪れた3月下旬にはすでに授業が開講していた。ちなみに、韓国では大学のことを「大學校」と呼ぶため、正式名称は「国際大學校」


元LJLコーチが教授に!! 韓国eスポーツ教育のリアルに迫る


LJL」ではヘッドコーチとして競技シーンの拡大に貢献してくれた、Jerophilipことハジェピル教授

まずは、今回招待してくださったハジェピル教授に、韓国のeスポーツ教育の概要についてお話をうかがった。

ハジェピル教授は、日本の『リーグ・オブ・レジェンド(LoL)』のプロリーグ「LJL」において、Jerophilipの名でAXIZのヘッドコーチをしていた経歴を持つ。

教授によると、現在韓国の大学でeスポーツ学科があるのは10校で、大学院課程を設けているのは2校。eスポーツ学科を志望するのはやはりゲーム好きの学生が一般的だそうだが、国際大学はほかの学校と違い、eスポーツを学問として学ぶために入学してくる優秀な学生が多いそうだ。

韓国では、4年制大学以外の進学先として、男女ともに「専門大学」と呼ばれる2年制または3年制の短期大学への進学が多い。今回訪れた国際大学は1997年に設立された専門大学で、学部は芸術、芸能から看護、工学など多岐にわたる。eスポーツ学科はゲーム学部の学科のひとつであり、3年制となっている。日本で言えば短大に似た位置付けだ。

韓国のeスポーツ学科は一般的に、プロゲーマーを目指して訓練する学科もあれば、コーチングを学ぶ学科や放送に特化した学科など、学校によって方向性がさまざまだ。国際大学ではeスポーツをひとつの「産業」としてとらえ、会社のように企画チーム、マーケティングチーム、広報チームなどに分かれ、実務的な内容が体系的に学べるシステムとなっている。

ゲームの技術を磨く授業もあるが、決まったゲームタイトルがあるわけではなく、基本的には学生個人が練習したいゲームを追求していく。どうしてもこだわりたいゲームタイトルがある場合は、そのゲームで有名な教授がいる大学を選ぶ必要があるという。

練習室。『LoL』や『VALORANT』など5人1組のチームゲームを練習できる。上部の垂れ幕にはプロチーム「Nongshim RedForce」がここでブートキャンプを行ったことが書かれている

プロチームの事務局をモチーフにした教室。窓際に飾られているパネルは大学リーグなどさまざまな大会で優勝したときのもの

また、国際大学では資格取得においても、ゲームのデバッグなどで必要とされる「QA(Quality Assurance/品質管理)」に関する国際認定資格「ISTQB認定テスト技術者資格」の合格者を輩出するなどの実績がある。

さらに語学にも力を入れており「TOEIC」をはじめとする英語学習はもちろん、最近ではハジェピル教授の日本語教育も始まり、在校生たちは現在「日本語能力試験(JLPT)」2級取得を目指しているとのこと。日本に興味を持ってくれている学生たちも少なくないようで、実際にBurning Core Toyama 『LoL』部門所属のL1mit選手とJustFocus選手(※2025年4月1日で契約終了)もこの大学の学生である。

eスポーツ学科の学生の一般的な就職先については、プロチーム、放送局、高校や大学のeスポーツ学科のコーチなどが挙げられる。国際大学のeスポーツ学科は設立されてまだ日が浅く、2024年度の1期生が卒業したばかり。今後さらにさまざまな就職先へ巣立っていくことだろう。

eスポーツ学科の各学年ごとのカリキュラムの例。エージェントやマネジメントなどのビジネス系科目から、中継技術、映像編集などの実技系科目、試合分析やコーチング、語学などeスポーツに関連した科目が網羅されている

韓国の学校にeスポーツ学科が増えていった背景としてハジェピル教授は、「グローバル社会において、eスポーツは韓国がリーダーシップをとれる産業のひとつであり、eスポーツ学科もまた、eスポーツを学問として成立させるために国が主導的に取り組んでいる分野としてその意義を見い出している」と語る。学問としてeスポーツを研究する際に、韓国にフォーカスが当たる機会が圧倒的に多いが、こういった事例は韓国でほぼ初めてだという。

そもそも韓国のeスポーツが盛んになったきっかけは、国民がPCゲームに接する環境が早めに整ったことだと考えられる。1997年のIMF(国際通貨基金)危機以降、高速インターネットが全国に整備され、PCバン(韓国式ネットカフェ)が普及したことに加え、ほかの国と比べてゲームができるPCが安価で手に入るという経済的な側面も大きかった。

これにより国民のあいだでPCゲームが盛んになり、プロゲーマーが多く輩出されるようになった。世界的にもeスポーツが強いというイメージがつき、それに伴って自然に産業としての法律が整ってシステムが実力を下支えするようになり、それがまた選手を強くするという非常にいい循環にあるという。

しかし、「実際に動いている資金額やマーケットの規模はそれほど大きくないため、産業としてはまだ危うい側面もある」というのがハジェピル教授の見解だ。


「子どもをプロにしたい」親が増加中!? 韓国のeスポーツ家庭事情


VCT Pacific」のキャスターとして活躍しているキムスヒョン教授

さらに今回運よく、『VALORANT』のアジア大会「VCT Pacific」でキャスターを担当しているアナウンサーのキムスヒョン教授にもお話をうかがうことができた。

ハジェピル教授の紹介で国際大学の教鞭をとることになったというキムスヒョン教授。スピーチや放送に関する教育には興味を持っていたが、オファーを受けた2年前は妊娠中であったため、出産を経て2025年から講義を始めたとのことだ。

教授は、「学生たちをキャスターとして育てるというよりも、スピーチ教育を通じて自分の意見をしっかり述べることができるようにすること」を目標にしている。また、アナウンサーとして放送で使われる正しい韓国語を教えることも重視しているそうだ。

最初はニュースのように客観的に事実を伝達することを基本として学び、そこから派生してMCやレポーター、そしてeスポーツキャスターといった具合に、ひとつひとつ消化していってさまざまな場面で活躍できるよう指導している。

放送技術を学ぶ教室。本格的な放送機材や照明がズラリと並んでいる

大会運営を学ぶ教室。左右に選手席があり、現場でどう動くかなどの実践的な授業が行われる

eスポーツキャスターという職業については、韓国においても大衆的に広く知られているものの、「eスポーツキャスターになりたい子どもたちはそこまで多くない」とキムスヒョン教授は言う。なぜなら、韓国には経歴が10年、20年を超える有名キャスターたちが現在も現役として活躍しており、狭き門であることがよく知られているからだ。

キムスヒョン教授はアナウンサーとして活動する過程で運よくキャスターの座を掴むことができたが、そもそもeスポーツキャスターになるための試験なども存在しない。どうすればなれるのか、というところから始めなければならない点にも難しさがある。

その点、プロゲーマーも狭き門ではあるが、韓国ではプロゲーマーになる方法はある程度確立されている。そういった背景もあって、プロゲーマーを目指す子どもたちは多い。

さらに最近は、子どもをプロゲーマーにさせたいと考える親世代が増えているという。2000年代に韓国のeスポーツとして大流行した『StarCraft』を楽しんでいた世代が親となったことで、ゲームに対するネガティブなイメージは薄れつつある。

それどころか、子どもの実力を測れるほどゲームに造詣が深い親たちも多く、見込みがあればアカデミーなどの教育機関に子どもを通わせることもやぶさかではない。「近年はそういった家族の後押しが、韓国eスポーツをより強くしているのではないか」というのがキムスヒョン教授の考えだ。


プロゲーマーを夢見る大学生活とは? 学生たちのリアルボイス


授業中の学生たち。女子学生の姿もかなり多い

取材当日に登校していた、eスポーツ学科の学生たち数名にも少しお話を聞くことができた。

やはりプロゲーマーになりたくて志望した学生が多いようで、先述のように実際にプロゲーマーとして活動中の学生もいれば、コーチやマネジメントなどプロゲーマーをサポートする側に方向転換したという学生もいた。

好きなゲームタイトルとしては、『LoL』や『VALORANT』、『オーバーウォッチ2』などの人気が高いようで、やはり韓国のプロシーンの強さに比例している印象だ。

そんな国際大学の学生の生活はというと、朝9時に登校し、eスポーツに関連した専攻の授業を16時頃まで受ける。それが終わると各自興味のある分野の講義を受けるそうで、語学やマーケティングなどがそれに該当するという。放課後は友達同士でゲームをしたり、eスポーツの試合を観戦してから帰る学生も多いそうだ。また、プロゲーマーとして活動している学生たちは、練習やデータ収集に割く時間を少し多めにしているとのこと。

一番人気の授業は、先にお話をうかがったキムスヒョン教授の講義。実際にeスポーツの現場で活躍されている方から話が聞ける機会が貴重なのは間違いなく、実務的な面で学べることも多いのだろう。聞くところによると、eスポーツ以外の学科からも聴講希望者が続出しているのだとか。韓国におけるeスポーツキャスターの認知度の高さがうかがえる。

最後に、取材に協力してくれた学生たちにズバリ「韓国はなぜeスポーツが強いのか」という質問を投げかけてみた。

インタビューに応じてくれた学生たち。左から、チョンジユンさん、ユンイジさん

女子学生のユンイジさんは、「子どものころから趣味としてゲームをプレーしている人が多いので、そのぶん強い選手も多くなるのと、韓国人は負けん気が強い人が多くて、eスポーツのような競争と合っているから」と答えた。

同じく女子学生のチョンジユンさんは、「日本のことはよくわからないけど、韓国は子どもの頃から団結力を養うレクリエーション活動が多いことがチームワークの良さにつながっていると思う」という考えだ。

男子学生で先述のプロゲーマー・JustFocus選手は、「自分は『LoL』のことしか知らないが、韓国は日本と比べてアマチュア大会が非常に充実していてチャンス自体が多いので、強くなりやすい背景がある」と実体験をもとに述べてくれた。

同じくプロゲーマーのL1mit選手は、「韓国はPCバンが充実しているのもあって、ほかの国よりもはるかに早い段階でゲームに接することができるから、早期教育に似たような効果が出ているのではないか」と語った。

JustFocus選手(左)とL1mit選手(右)はBurning Core Toyamaとして「LJL FORGE」にも参戦。JustFocus選手は「LJL IGNITE」に向けて参戦準備中だ


今回のような突発的な取材では、考えがまとまらずなかなか即答してもらえないということも多いのだが、国際大学の学生たちは即座に自分の考えをまとめて述べていた。受け答えも皆ハキハキとしていて、冒頭でハジェピル教授が話してくれた「国際大学はeスポーツを学問として学ぶ優秀な学生が多い」という言葉を身をもって実感した瞬間であった。

取材にご協力いただいた学生の皆さんに、この場を借りてあらためて感謝の意を述べたい。


韓国eスポーツ教育に触れて見えた「強さの本質」


(左から)キムソンチョル学科長、筆者、ハジェピル教授

韓国の大学のeスポーツ学科で実際に行われている教育の現場とそれぞれの立場の方のお話から、いろいろな側面から韓国eスポーツの強さの秘訣を垣間見ることができた。

教授らからは、教育者としてeスポーツという学問をきちんと成立させようという熱意や、世界でこの分野を韓国がけん引していくんだという気概をひしひしと感じた。

一方で、学生たちからは『LoL』への比重が大きすぎるが故に、これが崩れたときの韓国eスポーツの将来を危惧する意見も飛び交った。自分たちが韓国のeスポーツの未来を担っているという学生たちの自覚や覚悟も伝わってきた。

『StarCraft』全盛期だった時代から韓国eスポーツを見てきた筆者としては、長きに渡って培われてきた韓国eスポーツの歴史やPCバン文化、国家の支援や体系的な訓練システムなどはある程度知識としてすでに持っているつもりだったが、時は流れるもの。時代とともに新しい流れや視点が生まれていたことまでは追えていなかった。

試合を見るだけではわからなかったのが、eスポーツ教育や学問までをも韓国が先導しようと動いた人たちが大勢いたことだ。その結果として、プロチームのアカデミーや全国各地に設立された大学のeスポーツ学科というかたちで、現在の韓国eスポーツをさらに強固なものにしている。

また、かつて趣味として『StarCraft』に熱狂した世代が30~40代となったことで、韓国社会におけるeスポーツの理解度や地位がさらに上がっていくのであれば、この強さは今後も続くのではないだろうか。

今回の記事を通じて、読者の皆さんにも韓国eスポーツ、日本のeスポーツの発展のヒントとなるものを見つけていただければ幸いである。

国際大学:https://www.kookje.ac.kr/
ハジェピル教授のX:https://x.com/Jerophilip

【スイニャン プロフィール】


韓国在住時にeスポーツと出会い、StarCraft: Brood Warプロゲーマーの追っかけとなる。帰国後、2009年ごろからさまざまなWEBメディアで取材・執筆活動を開始。また、語学力を生かして韓国人選手のインタビュー通訳や翻訳などの活動も行っている。自らはゲームをほとんどプレイせず、おもにプロゲーマーの試合を楽しむ観戦勢。 Twitter:@shuiniao
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