eスポーツ業界の法的トラップ——知らぬ間に犯している違法行為とは?【森&パートナーズ法律事務所インタビュー】

森&パートナーズ法律事務所は、海外でのeスポーツやゲームの業界で法律問題を手がけてきた法律事務所。そんな森&パートナーズ法律事務所がeスポーツ業界の法務サービスの提供を開始したというリリースが配信された。

2018年eスポーツ元年を皮切りに、日本のeスポーツシーンは大きく拡大。しかし巨大スポンサーを抱えたチームがある一方で、個人出資のようなチームなどもあり、満足のいく契約や報酬がないといった問題も残されているのが現状だ。

ある意味グレーゾーンが多く存在する日本のeスポーツ——。よりeスポーツが成熟していくためにはしっかりとした法律知識や整備なども必須となってくるだろう。

そこで今回は、eスポーツ法務のサービスを提供する森&パートナーズ法律事務所の代表弁護士 森慎一郎氏に独占インタビュー。世界と日本の実情、不利な状況の人がどのように行動すればいいかなどをうかがった。

【森 慎一郎 プロフィール】

代表弁護士(日本及びNY州法)。2009年の弁護士登録以降、国際法務、IT、eスポーツ等を主要分野として、主に企業クライアントに対してリーガルサービスを提供する。2006年東京大学法学部卒業、2008年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了、2009年弁護士登録(第一東京弁護士会)、2009年 桃尾・松尾・難波法律事務所勤務(2019年パートナー就任)、2015年アメリカ合衆国コロンビア大学ロースクール卒業、2015-2016年Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr LLP(ロンドンオフィス)、アソシエイト、2016年ニューヨーク州弁護士登録。

プロ選手を目指すにあたり最も大事なことは契約書の内容


——本日はよろしくお願いします。まず森さんがeスポーツ業界に特化した法務サービスを展開しようと思ったきっかけを教えてください。

森さん(以下、森):実は私が弁護士登録をしたのが2009年で、当時所属していた事務所では、国内の大手ゲームメーカーさんがクライアントでした。

2014年から、アメリカに留学し、その後、ロンドンの法律事務所に出向したのですが、それがきっかけとなり、2016年頃から、海外、特に欧州のゲームパブリッシャーとの関わりも増え、eスポーツにより深く関与するようになりました。

——海外のゲームパブリッシャーとはどのような関わりを持っていたのですか?

森:海外のゲームパブリッシャーが日本でゲーム事業を行うにあたり、どういう点に注意しなければいけないのかというところから始まって、例えばゲーム内で課金制を導入するためには「資金決済法」に基づく届出が必要になる場合がありますよとか、プレイヤーの方が安全に楽しめるように「特定商取引法」に基づく表示をしなければいけませんよといった感じで、要は海外の事業者向けのアドバイスを提供していたというのが、eスポーツに重点的に関わるようになったきっかけですね。

そして今、日本向けにサービスをシフトして行っているという形になります。

——なるほど。ゲーム事業的にはとても長い経験があったんですね。今の話でいうと法人向けのサービスを提供していたという形になりますが、今回リリースで拝見した内容はいろいろな項目があったかと思います。その中で特に私たちが曖昧だと感じているのが選手契約に関わる法律だと感じています。

【森&パートナーズ法律事務所がクライアントに対して提供するサービス】

  • 賞金付きトーナメントの運営に関する法的助言・大会規約作成
  • 資金決済法上の前払式支払手段発行者を代理して金融庁への届出
  • 選手契約・マネジメント契約書のレビュー・法的助言
  • その他eスポーツ・ゲーミングに関連する諸法令に関する助言
  • eスポーツ関連事業者の法律顧問業務
  • eスポーツ関連事業者へのインハウスサービス(法務アウトソーシング)
  • ゲームに関するライセンス契約書作成
  • 海外事業者との契約交渉・契約書作成

サービス詳細ページ:https://esports.mps-legal.com/esports
料金案内ページ:https://esports.mps-legal.com/fees

森:おっしゃるとおりです。そもそも選手契約というのは、きちんとした取り決めをしなければならないのに、場合によっては契約すらなしでやっているeスポーツチームがあるのが日本の現状です。

それが原因で、後からトラブルになってしまい「最初に決めておけば良かった」と振り返ってもちょっと遅いみたいな部分もあると思います。

——実際、今回eスポーツ法務を発足したことで反響はありましたか?

森:御社のようなメディアさんをはじめ、反響は結構ありました。


——やっぱり皆さん気になっている部分ではあったんですね。ざっくりとでいいのですが、法律相談まではいかなくても、今こういうところに気をつけなきゃいけないよっていう部分はありますか?

森:先ほどの選手契約の例でいえば、その中でいろいろ決めなきゃいけないことはたくさんあります。

例えば報酬をどう分配するのかとか、委託業務はどうするのかとか、非常に基本的なことは当然気をつけなければならない部分ですが、それとは別に見落としやすい項目ってあるんですよ。

——それはいったいどういう項目でしょうか。

森:いくつかありますが、例えば選手の移籍問題があります。

移籍する場合「どういう条件で移籍するの?」っていうところって、これから選手契約をする段階でなかなか簡単にできる話ではないと思うんですよ。

——確かに。入る手前の話からもう移籍の話ってなかなか想像つかないですもんね。

森:ただ、移籍が問題になった時よりかは、最初の段階でしておいた方が、いざ移籍問題に直面した時にスムーズに話が進みやすいですよね。

具体的にいうと、契約の段階では無名だった選手でもチームに所属し続けることで選手自身も育っていき、知名度もスキルも上がっていきますよね。ある意味選手の価値がものすごく上がるわけです。チームからすればそう簡単に移籍されては困りますよね。

チーム側としては移籍をある程度制限したい。選手側としては制限してほしくないという齟齬が生まれてしまいます。

——なるほど。

森:チーム側として用意した契約の中で、移籍を制限するような内容があるならば、選手としては非常に注意して交渉すべき問題だと思っています。

もちろんこれからお願いしますと加入するそばから、移籍する話をするのは難しいことではありますが、そこはきちんと選手側が知識をつけて、言いにくい話は弁護士を通すなり、未成年の選手であれば保護者の方を通して言ってもらうなりしておきたいですね。

——いやぁ。いきなり難しい問題がでてきましたね(笑)。

森:そうですね(笑)。ただ、チーム側もあまりに厳しい条件をつけすぎると、実はその条件が無効になる場合があるんですよ。

——ええっ。そうなんですか?

森:はい。過度に厳しい条件だと、それはその条件が無効になっちゃうっていう法律もあるんですよ。

——それは契約をしていてもですか?

森:はい。例えば極端な話、「あなたはもう未来永劫、私のチームから抜けられません」とか「チームを脱退するなら1000万円払ってくださいね」とか、そういう過度な制限は公序良俗違反などの理由で無効になることがあります。

なのでバランスが難しいですよね。チームとしては簡単にやめて欲しくないけれども、ガチガチに縛りすぎちゃうと無効になっちゃう。プロスポーツにおいては公正取引委員会が、業界に対して「あまりそういうことを制限しすぎたらいけませんよ」というガイドラインを出しているんです。

このガイドラインは、野球やサッカー等の従来のプロスポーツを念頭においたものですが、同じ考えがeスポーツ選手にも適応される可能性があると思います。チーム側としてはそこに注意しないといけませんね。

例えばチームとしては、最低でも何年間はうちのチームで活動してもらって、その後辞めるというのであれば契約期間の残りに応じた金額で解決しましょうとか——長く活動すればするほど金額が少なくなっていくとか、バランスを見据えて交渉することが大切だと思っています。

——なるほど。国内ではまだ大きな問題になっていない部分ですが、海外ではそういった事例はあるんですか?

森:そうですね。特にアメリカなんかは非常に訴訟が多いですからね。最終的に和解で終わる場合は多いですが、裁判は海外の方が数は多いと思います。

とにかく契約書はしっかり把握することが大切です。「その契約書はあなたにとって適切ですか?」そういった部分を考えることが、プロ選手として活動するにあたって重要な項目だと考えます。

——今後は選手個人であっても弁護士さんを付けるといった時代になってくるのでしょうか。

森: 将来的にはなっていくと思います。個人でも法人でも動く金額が大きい場合、弁護士をつけておくというのはより安全だと思います。

選手の知名度が上がれば、自身の価値も大きくなり、肖像権やパブリシティ権の問題も生じてくると思います。さらには選手が使用したゲームのアカウント自体に価値が生まれる場合は、選手が移籍する際の当該アカウントの使用権といったところも論点になる可能性があると思います。


これからの時代はコンプライアンスからインテグリティへ


——契約書ひとつとっても非常に奥深く重要なことがわかりました。一方で、契約書を結ばすに特定のeスポーツチームの選手になってしまった場合、何か問題が発生しそうという状況で、弱い立場である選手側ができることは何だと思いますか?

森:インターネットでも本でも、まずは自分の頭を使って調べて、ある意味「自衛」することが大切ですね。もちろん、今回のインタビューも参考になるとは思いますし、法律的なポイントを調べることで、ある程度トピックによっては7~8割程度は解決できることがあるとは思います。

そこでさらに気になったところを法律家に相談するといった流れが適切ではないかと思いますね。弁護士側もeスポーツに慣れれば慣れるほど1件1件のコストもかからなくなりますので、費用もそんなにかからなくなるとは思います。

——なるほど。今回森さんがこうしてeスポーツに進出してきたのも、今までの知見が生かせるからこその宣言だったんですね。

森:おっしゃるとおりです。国内におけるeスポーツ関連の相談は、eスポーツ元年と呼ばれていた2018年から徐々に増えてきました。そして1年前の2022年くらいからピークに達し、毎日のようにeスポーツの仕事をするようになりました。

これらの過程を通して蓄積したノウハウや経験は、幣事務所のメンバーのみで溜め込むのではなく、eスポーツ業界の皆様に還元して、その発展に役立てた方がいいと思いました。

——毎日のように〜とのことでしたが、具体的にどのようなジャンルに課題を感じますか?

森:やはり不祥事関連ですね。せっかく盛り上がってきたeスポーツも不祥事ひとつで業界全体が大ダメージを受けてしまいます。

海外の事例でも八百長、ドーピング、チーティングなどさまざまです。

——ドーピング?

森:精神集中力を高めるような薬を選手が服用していたことで起こった問題ってあるんですよ。精神的な疾患のための薬を飲むと集中力が高まるというか——。確かにゲームにとっては効果はあるかもしれませんが、おすすめできないですよね。

——スポーツの世界ではドーピング検査は当たり前のようにありますが、eスポーツではまだまだそこまで考えられていませんもんね。

森:そういった検査は非常にコストがかかりますからね。オリンピックといった大舞台はともかく、全種目に対して、すべての大会でやるっていうのは難しいです。

eスポーツにおけるドーピングの事例は、2015年頃に海外で発覚して、選手本人が自白したことで広く公になりました。そういう問題が国内で起こっちゃうと、「eスポーツもこういう業界なんだ」って思われてしまいます。それは非常にもったいないことでもありますので、事前に回避していきたい問題のひとつだと考えています。

あと個人的に気をつけておきたいと考えているのがステルスマーケティングです。

【ステルスマーケティングとは】

実際は広告であるにも関わらず、あたかも購入者のような体験談や情報を発信すること。「ステマ」とも呼ばれているヤラセ行為である。

——eスポーツチームの多くがゲーミングデバイスメーカーからスポンサードされていますもんね。

森:そうですね。チーム側もマーケティングだったらちゃんと「PRです」と書くべきです。あたかも、プライベートで使っているかのような、消費者の目をあざむく演出は避けたいところです。


——なかなか境界線が難しい問題ではありますね。

森:こういった問題を含め、多くの企業が「コンプライアンスの問題」とさまざまな場所で「コンプライアンス」という言葉を口にします。ただ私個人としては、若いeスポーツ選手に「コンプライアンスに気をつけなよ」と言ってもピンとこないんじゃないかなと思っています。

コンプライアンスって日本語で言うと法令遵守って意味ですけど、若い子には伝わりにくいですよね。

——確かに。なんかコンプライアンスっていう言葉だけがひとり歩きしちゃっている感じもします。

森:結局「今やっている行動が誠実かどうか」なんですよ。コンプライアンスではなく、「インテグリティ(誠実・真摯)であるかどうかという観念で考えてください」と言われることがあります。

「自分のやっていることを大切な人、お父さんとかお母さん、お子さん、親友とかパートナーに胸張っていえますか?」

言えるなら通常は大丈夫です。逆に、胸張って言えないようならどこかおかしい点があるんですよ(笑)。

——なるほど。非常にわかりやすいです!

森:日本でもインテグリティというワードはコンプライアンスに変わる言葉として使われるようになると思いますよ。インテグリティのいいところって「法律にさえ従っていればいいんでしょ?」ではなく、それ以上の人としての本質があるんです。

話し合いで物事を振り返ることが大切


——そのインテグリティに関わる問題として、選手の発言が大きな問題になっています。SNSやゲーム中での発言で、選手生命を絶たれてしまうこともありますよね。もっとレベルの低い次元で「これはやらない方がいいよ」的なものってありますか?

森:先ほど申し上げたインテグリティという概念は、八百長だったりドーピングだったり——計画的にやっていることに対してにしか効果は発揮されません。

一瞬のヒートオブパッション(怒りや情熱によって感情が高まってしまうこと)で行ってしまう行動に対しては、インテグリティではなかなか対応できないですね。やはり、そこはチーム側で「ここまでは許せるラインだけど、この先は面倒見切れないよ」というラインを決めておいて、普段から教育することが大切です。

例えば半年とか 1年に1回ぐらいで振り返ってみたり、ほかの人の不祥事が発覚した時はチームでミーティングをしたり——。定期的な振り返りは効果があると思います。

難しい言葉並べるよりも「ここが大人が言っていた一発アウトのラインだな」ってわかるように指導することも大事だと思います。

——時には親のようにですね。10代のような若い子にとって、プロ選手というのは憧れでもあります。一方で「プロ選手になれる」という甘い言葉だけで、契約内容もなにも確認せずにプロの世界に飛び込んでしまう子も少なからずいるのではないかと考えています。そういった若い子たちはまずどういう点に気をつければいいと思いますか?

森:もちろん10代にとってプロ選手になるというのは大きな憧れだと思いますし、自分だって10代だったらなりたかったかもしれません。若い子にとってeスポーツ選手になるというのは、ITリテラシーを高めるきっかけにもなりますし、インターネットによる情報収集能力も高まると思います。


また、海外プレイヤーとのやりとりによって語学スキルも高まるかもしれません。一方で、デメリットとしては学生さんならば学業がおろそかになってしまいますし、選手活動によって学校を辞めることになってしまうならば非常にもったいない部分もでてくるかと思います。

甘い言葉に惑わされず将来を見据えて考えることが重要なんじゃないかなとは思いますね。

ただ個人的には若くしてプロ選手になることはいいことだと思っています。学業と両立している選手もいますし、eスポーツ選手のピークは20代とも言われていますしね。

ただいつまでも選手を続けられるわけではありません。セカンドキャリアを見据えて、きちんと勉強もしておいた方がいいですね。

——本日はありがとうございました!

———

日本におけるeスポーツは時代を重ねることに華やかになっていき、プロ選手に憧れる少年少女も増えてきている。一方で、チームによっては満足のいく報酬がもらえず、名ばかりプロ選手が一定数いるのも現状だ。プロ選手という甘い肩書きに惑わされず、しっかりとチーム側との契約書の内容を把握し、自身が納得のいく内容なのかを確認してから進路を進めて行こう。

未成年のお子さんを持つ保護者の方は、今一度eスポーツチームの現状を把握し、我が子をeスポーツチームに所属させていいのか否かが判断できない場合は、森&パートナーズ法律事務所のようなeスポーツの知見を持つ専門家に相談することをおすすめする。

また、eスポーツ業界にはびこる不正や暴言といった闇の部分に被害があった人も、ひとりで問題を抱えず、専門家の知識を借りて早期解決を目指していくといいだろう。

【番外編】ネットにまつわる過激なコメントについて

——今回はeスポーツチームや選手に焦点を置いてお話をうかがいましたが、ファンとしてはどうでしょうか。eスポーツシーンでは過激な発言をするファンやアンチも大きな問題となっています。そういった部分って専門家の方から注意喚起してもらえないのかな……っていうのがあります。

森:名誉毀損に当たるような発言には気をつけた方がいいと思っています。SNSやコメントなど、発信した情報からユーザーを特定することもできるので、まったくおすすめしませんね。

——例えば言うだけ言ってアカウントを削除しちゃう人もいるじゃないですか?

森:早急に動けば特定できる可能性が高まります。不用意にその感情に任せて、名誉毀損に該当するような発言・投稿をすることは、実は自分自身の首を絞めているに等しいことで、非常にリスキーな行為をしていると思います。

個人の特定が可能である場合にも、被害者の方が法的処置をしていないだけという場合は多々あります。これからeスポーツのビジネスマーケットが大きくなってくると、より批判の度合いも増えてくると思います。そうなった時には今までのように黙認されるわけじゃない、つまり、今はある意味見逃してもらってるだけだと、投稿者の皆さんも自覚することが大切です。

——この話を通じてインターネットの発言がよりクリーンになってくれることを願います!


■関連リンク
森&パートナーズ法律事務所:https://mps-legal.com/


【井ノ川結希(いのかわゆう)プロフィール】
ゲーム好きが高じて19歳でゲーム系の出版社に就職。その後、フリーランスでライター、編集、ディレクターなど多岐にわたり活動している。最近はまっているゲームは『VALORANT』。

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