【谷藤博美インタビュー前編】アナウンサーを辞めて知り合いゼロからeスポーツキャスターへ!『VALORANT』初の女性キャスターが見たeスポーツの世界とは

VALORANT』の女性限定公式大会「VALORANT CHAMPIONS TOUR Game Changers」(以下、VCT Game Changers)が2022年に日本で開催された。海外では既に開催されてた本大会だが、日本で開催されるのは2022年が初で、新たな公式大会ということもあり、新たな女性キャスターを募集していた。


多くの募集の中から初の女性キャスターに選ばれたのが元アナウンサーの谷藤博美(たにふじひろみ)さんだ。元アナウンサーという経験を生かした的確で聞き取りやすい実況は多くの視聴者からも評価され、現在は公式大会のみならず、さまざまなコミュニティ大会などでも活躍している。

今回はそんな谷藤さんにインタビューを実施。eスポーツキャスターになろうと思ったきっかけや、実際にVCT Game Changersでの実況を経験した感想。今後の展望から苦悩のエピソードなどをおうかがいした。前編では谷藤さんがどのようにしてeスポーツキャスターになったのかというお話しをお届けしよう。

カメラマン志望からはじまったアナウンサー時代


——まずは自己紹介も兼ねてどのような経緯でeスポーツキャスターになったのかを教えてください。

谷藤博美(以下、谷藤):高校時代に放送部でドキュメンタリー番組を作っていたのですが、当時はカメラマンを目指していました。そんな中、NHKの「NHK全国放送コンテスト(ドキュメンタリー部門)」という大会で優勝したことがきっかけで大学から推薦をいただき、本格的にドキュメンタリーカメラマンを目指すためメディア学科で学んでいました。

——元々はカメラマンになりたかったんですね。

谷藤:そうですね。だだ大学1年の時に 「しゃべるのもおもしろいよ〜」 ってアナウンス部の部長さ んから勧誘を受けてアナウンス活動をやってみたら、とても面白くて!夢中になってしまって!

——すごい偶然ですね。そこからアナウンサーの道がスタートしたんですか?

谷藤:はい。アナウンサーってタレントさんのような有名な人しかなれないと思っていたのですが、実は普通に履歴書を書いて就職すれば誰にでもチャンスがあるという話を聞いて、「私もやってみようかな」という気持ちが強くなりました。

——なるほど。その流れで面接に受かってアナウンサーになったと。

谷藤:いや(笑)。幾多あまたと試験には落ちました! 

実はアナウンサーの試験はとても早くから始まっていて、早いところでは夏からスタートします。何も知らずにアナウンサーに挑戦しようと思った頃には数社くらいしか残っていなく……。

——あらら。いきなり前途多難ですね(笑)。

谷藤:ただ一度受験できたという経験にはなったので良かったと思っています。というのも、アナウンサーの試験って毎年募集してないところが多く、3年とか5年に一度しかないところもあります。しかも私が試験を受けていた年は北海道の局が1局しかなかったこともあり、地元の局を諦めて内定をいただいていた富山テレビに入社することにしました。


それからしばらくして北海道放送の中途採用に応募して受かったので、2017年に晴れて地元の放送局に就職することができました。

——めちゃめちゃ執念深いというかすごい熱意です! そこではどんなことをしていたのでしょうか。

谷藤:情報番組のニュースキャスターやラジオ番組のパーソナリティなどをやっていました。当時はバスケットボールにはまっていたこともあり、Bリーグの取材を実費遠征で全試合行くみたいなこともやっていました。

——すごい……。

谷藤:まだメジャーになっていないがんばっている人たちを伝えて広めたいというのを高校時代からのポリシーにしていたので、ラジオ番組で10分間フリートークコーナーをバスケのコーナーに変えるといったこともしていましたね。

▲地元のチーム「レバンガ北海道」の魅力を届ける新コーナーを担当する谷藤さん

ただ不運にもコロナ禍になり、ほどなくして事件や事故といった警察担当の報道部に異動になってしました。

——また随分と毛色の違うジャンルに異動になってしまったんですね。

谷藤: 朝昼夜と警察署に行って聞き込みがルーティンで、それこそ夜中に交通事故や火事が起こったら現場に向かって取材をしたり、クマが出たら山に行ったり——。使命感ややりがいはありましたが、正直過酷ではありましたね。

そんな時に出会ったのがeスポ ーツでした。ただeスポーツの良さを広めたいと思っていても、報道部だと以前のようなコーナーは作れるはずもなく——。「北海道発のNORTHEPTIONが世界に行くぞ!」という歴史的な出来事があっても伝えることができないもどかしさを感じていました。

その頃から何か別の形でeスポーツを盛り上げることに携われないかなという気持ちは抱いていました。その後、ほどなくしてVCT Game Changersの女性キャスター募集を見つけて応募したのが、eスポーツキャスターになったきっかけです。

——ちなみにeスポーツにふれたきっかけは?

谷藤:私の友人たちが『VALORANT』にはまってて、そこで一緒に大会を見たのがきっかけですね。その頃はまだVCTという名称ではなく、「FIRST STRIKE」という日本初の公式大会だったのを覚えています。私はゲーミングPCを持っていなかったので、『VALORANT』のルールも知らずにただただ友人の付き合いで見ていました。

——ルールを知らない状態で見ても楽しめるものなのでしょうか?

谷藤:正直ルールはまったくがわからなかったです(笑)。何が起きているのかもわからず「ゲームの大会にも実況や解説の人がいるんだ? すてきな声だなぁ」とか別の角度から試合を見ていました。

そのタイミングでゲーミングPCに買い換え、私も『VALORANT』をはじめることにしました。はじめは友人たちと一緒にワイワイやっていたのですが、気がついたら私が一番ハマっちゃって、アカウントレベルだけは誰よりも高くなるという……(笑)。

——アカウントレベルが200超えって相当すごいですよ!

※アカウントレベル:ゲームの腕指標とするランクとは異なり、主にプレイした時間に応じて上昇するレベルを示している。当時、谷藤さんのアカウントレベルは260超え(現在は320超え)。一般的なユーザーでも100レベル行くか行かないかのレベルな上、男性キャスター陣よりもレベルが高いことからこのレベルのすごさが推察される

谷藤:気付けば一日8時間以上プレイする日もあるくらい 『VALORANT』にものすごくハマり、ひとりで海外試合を含めた競技シーンも見るようになりました。そこである試合をみて感動して泣いてしまったのを覚えています。

——それはきっと“あの試合”ですね!

谷藤:はい。ZETA DIVISION(ZETA)が世界3位を取った「VCT 2022: Masters Stage 1 – Reykjavík」です。あの試合を見て「eスポーツを伝えたい!」って気持ちが爆発していました。

▲昨年ZETAは日本代表として「VCT 2022: Masters Stage 1 – Reykjavík」に出場。1戦目の🇰🇷DRX戦で敗北して負けられないローワーブラケットへ進んだZETAは、プレイオフ進出をかけた🇧🇷Ninjas in Pyjamas戦で8:12からの6ラウンド連続先取と大逆転勝利を収めた。配信のインタビューでLaz選手が涙ぐむシーンは記憶に新しい。また、配信でのチャット欄では応援する声と同じく、諦めの声も出ていた中、怒濤の追い上げで勝ち抜いたこの試合をなぞらえ、大逆転勝利を狙う試合のことを「ZETA CHALLENGE」と呼ぶようにも(https://www.youtube.com/watch?v=5Fl-nhSQpgY&t=23748s

参考インタビュー:
歴史的快挙!🇯🇵ZETA DIVISION プレイオフ進出決定!【ZETA DIVISION 合同インタビュー】

eスポーツキャスターの募集に応募!
男性陣のアドバイスが功を奏す!


——eスポーツに興味を持ち、『VALORANT』の魅力を知り、ZETAの歴史的快挙でeスポーツの熱狂を知り、VCT Game Changersの女性キャスター募集に応募したというわけですね。

谷藤:そうですね。eスポーツを盛り上げたい気持ちだけで応募しました。実況動画を送るという書類審査があったのですが、もちろん経験もなく途方に暮れいていたところ、「女性キャスターをやってみたいという方はDMをいただければアドバイスします」という岸さんのツイートを見かけたんです。


思い切ってフォロワー0という無名のアカウント作って、岸さんやOooDaさんに質問のDMを送ったのを覚えています。

——そんな新しく作った無名のアカウントでDMを送って岸さんやOooDaさんのような大御所キャスターが反応してくれるものなんでしょうか。

谷藤:とても丁寧なアドバイスをいただいて私自身もビックリしました。VCTの配信中でも「女性キャスターを募集しているので、僕たちに気軽に連絡してください」と話されていたのも見ていたので、わらをもつかむ思いで連絡させていただきました。

——ちなみにどんな質問をしましたか?

谷藤:eスポーツキャスターについて、右も左もわからない状態だったので、実況って資料を見な がらやっているのか、試合中何を見て話されているのかとか初歩的なところからおうかがいしました。質問の答えをいただいた時に、「試合中は資料は基本的にみていない」との回答にビックリした事を覚えています。

ほかにも「試合のテンポ感に遅れないこと。何が起こったか明確に伝えること」といったアドバイスをいただきました。

——めちゃめちゃ丁寧なアドバイスをいただけてたんですね。

谷藤:また私の実況動画を見ていただいて、「激しい攻防やスーパープレイを伝える時、女性は単調になりがちなのでその辺は課題ですね」といった具体的な課題までいただけました。

——そういったアドバイスや課題をもらってオーディションに向けて勉強をされていたんですね。実際にオーディンションを受けるまでどのような勉強をしていたのでしょうか。

谷藤:とにかくeスポーツの実況解説における型を身につけるため、過去の大会の動画をひたすら見ては書き起こしていました。

▲谷藤さんの手書きのノート。男性キャスター陣の言い回しが事細かく書かれていた

ラウンドの締めはこういう表現があるんだとか、要所の抑えの言い方とか、今まで意識したことのなかったことをリサーチしていました。

——勉強熱心なところはノートを見ただけでも伝わります。オーディションを受かった後は勉強に変化はありましたか?

谷藤:オーディンに受かった後は、ひたすら(各エージェントの)アビリティー名を覚えていました。

▲まるで何かの呪文のようにアビリティー名を書き連ねているページ。とにかく頭に入れ込むには書くのが一番と谷藤さん

友だちと試合をする時は「じゃあ、ここに毒入れるね」とか「壁立てるよ〜」とか正式名称で話したことって一度もなかったんですよ。なのでアビリティー名を覚えるのは本当に大変でした。

——確かに正式名称でアビリティーを言うのって実況解説以外ではほとんどないですもんね。

谷藤:そうですよね。そんなこともあり、はじめての実況では新しいアビリティー名を生み出してしまってたんです。フェイドのアルティメットスキル「ナイトフォール」を、何度か「ナイトメア」って言 ってしまっていて……。ストリーマーさんの配信でリスナーさんたちが優しく見守っていただいていたと聞いていますが、猛省してその後も必死に覚えました!


——あはは。そこはストリーマーさんに拾ってもらって良かったっていうのはありますね。アビリティー名もそうですけど、『VALORANT』ではエージェント名だったり、マップ名だったり、選手名だったりと覚えることが非常に多いと思います。中でも一番苦労している点はなんでしょうか。

谷藤:私が一番苦労したのは選手名です。名前が読めない英語というのはもちろん、試合中は視点がめまぐるしく変化するので「誰の視点なのか」というのを一瞬で把握することが大変でした。

特にVCT Game Changersは日本初ということもあって、出場する選手と使用エージェントがなかなかリンクできず、「これは誰の視点?」って混乱しちゃうことが多かったです。

——選手名は読み方が難解な人もいますからね。

谷藤:そうなんです。海外の選手になると地域によって呼び方が違うこともあり、試合当日にすりあわせをすることもありました。またコミュニティ大会でも実況をやらせていただくことがあるんですが、エントリー名とインゲーム名が違うことも多いので、脳がまだ追い付かず苦戦しています。なので、エン トリー名とインゲーム名が同じ方には「ありがとう~!」って心の中で感謝を叫んでいます。(笑)

▲コミュニティ大会の例。コミュニティ大会ではエントリーされる選手の名前と、アカウントの名前が必ずしも一致する訳ではないので、キャスター陣はゲーム上の名前ではなく、大会独自のオーバーレイに表示されている選手名を見なければならないという非常に脳のリソースを使う実況が求められる

——考えただけでも頭が混乱しそうです……。そういう部分ってどのように克服されたのでしょうか。

谷藤:克服してないです……。今でも重大な課題ですね。

なので試合中は常に選手名の書いた付せんをあちこちに貼っています。ご一緒した男性キャスター陣に「すごい付箋の量ですね……」と突っ込まれることも多く、毎回散らかして申し訳ないなという気持ちがあるのですが、付箋は私のマストアイテムになっています。瞬時に適応してスマートに実況されている男性陣は本当に尊敬しています。

——ちなみに実況をしている時は映像のどの辺を見ているのでしょうか。

谷藤:今はミニマップをよく見るようにしています。まずは購入フェーズ中に配置を確認して、「このラウンドではこの辺で撃ち合いが起こりそうだな」というような流れを予想しています。試合中も基本的にはミニマップを見ていますね。

——プレイヤー視点の映像はあまり見ていない?

谷藤:カメラが切り替わった瞬間は、誰の視点なのかを瞬時に見て確認しますね。さらにキルログも追わなければならないので、試合中は俯瞰で見ることを意識しています。


家で実況の練習をする時は全体をコンパクトに見られるようにとiPhoneやiPadで小さく見ることもあります。すべての情報を見たいから全体をぼんやり見えるようにしています。

——えええっ、それでキルログとか見えるでしょうか?

谷藤:なんとか読んでいます。逆に会場で大きなモニターを見た時に視点を移動するのが大変だったこともあって、最近は大きいモニターでも目が追い付けるように練習しています。実は配信には映ってないですが、試合中はモニターとの距離を取るために立ち上がって実況していました。

——実況はほとんど独学ということですか?

谷藤:そうですね。過去の大会映像を先生として勉強しています。初期のころの大会から順番に勉強をはじめていったので、もしかすると今の私の実況はVCT初年度の型に近いのかもしれません。

今私がやっている実況は、まだ状況描写を実況するに徹しているので、先読みで動きを推測したり、自分なりの表現力をつけたり、もう一歩先に進めるようにまだまだ勉強中です。いつか男性キャスター陣みたいにギャグもいえるくらいの余裕ができたらいいのですが……(笑)。

———

ということで今回は谷藤さんがアナウンサーになったきっかけから、eスポーツキャスターになるまでのお話しをおうかがいした。アナウンサー時代からも感じさせる仕事に対する熱意とバイタリティ。eスポーツに対する谷藤さんの思いがふんだんに伝わるインタビューだった。後編では実際にeスポーツキャスターを経験した感想や、今後の展望をおうかがいしているので、そちらもお楽しみに!

谷藤博美さんTwitter:
https://twitter.com/Romitnfj


【井ノ川結希(いのかわゆう)プロフィール】
ゲーム好きが高じて19歳でゲーム系の出版社に就職。その後、フリーランスでライター、編集、ディレクターなど多岐にわたり活動している。最近はまっているゲームは『VALORANT』。

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