eスポーツはアマチュアレーサーの練習になるのか? 『アセットコルサ コンペティツィオーネ』×「K-TAI」で検証してみた
eスポーツの魅力、熱狂について語る時、しばしば言われることがある。
「eスポーツはスポーツとは言えない」
「あんなのは子どもの遊びだ」
そんな意見を持つ人に感情だけで反論したところで、納得はしてもらえない。たかがゲームがリアルに役に立つことが実証できなければ、誤解を持った方たちも納得のしようがないだろう。
そこで今回は、この永遠とも言えるテーマに切り込むべく、eスポーツとリアルスポーツが最も近いと言われる「モータースポーツ」に注目。実際にどれくらいレースゲームがリアルなレースでの走りに貢献できるのかを検証してみた。
対象としたレースは、栃木県のツインリンクもてぎで毎年8月に開催されている、レーシングカートによる参加型レース「K-TAI」。国際コースであるもてぎを、給油やドライバー交代を繰り返しながら7時間にわたって走行する耐久レースだ。
ただしこの仮説は、もともと運転技術を備えているプロドライバーでは、コースとマシンへの適応能力が早いだけ、という可能性が生じてしまう。そこで、今回「K-TAI」に初参加するというアマチュアレーサーの長尾孟大さんにご協力いただいた。長尾さんはモータージャーナリストを中心とした老舗レーシングチーム「クラブレーシング」から今回初めてK-TAIに参加。普段はPC版レースゲーム『アセットコルサ コンペティツィオーネ』で練習している。
レースの前後で取材する中で、バーチャルなeスポーツのどんなところがリアルな走行に役立つのかが、長尾さんの体験談の中から見えてきた。レースゲームへの偏見を払拭する意味も含めて、eスポーツの7つの明確なメリットをご紹介しよう。
長尾さんは、もともと改造した中古車をサーキットで走らせたり、新東京サーキットでカートなどを楽しむアマチュアレーサー。全日本選手権といった公式レースなどには出場しておらず、走ることが大好きなクルマ好きのひとりだ。クルマ専門の映像制作やYouTubeチャンネルの運用支援、eスポーツのライブ配信などを行う株式会社Carkichiの代表を務めながら、クルマ文化を次世代につなげるためのエンターテイメント施設を作るべく奔走中だ。
レースゲームで練習しているといっても、大会などに参加しているわけではなく、純粋にドライビングスキルの向上に利用しているという感じだ。
設備としては、ロジクールの「G27」というステアリングコントローラー(旧モデル)、モニターは27インチの一般的な液晶テレビ、シートは実車のマツダRX-8のものを自宅で座れるように改造したものと、本格的なレーシングシミュレーターと比べると一般家庭の環境に近いが、これでも十分に練習になるという。
「実車で練習するとなると、グリップ力の高い新品タイヤを組んでオイル交換をしたらもう10万円コースですが、ゲームなら一度コントローラーなどを購入すれば、いくら走ってもタダです。『G27』が3万円くらい、シートはヤフオクで5000円+送料5000円で1万円、『アセットコルサ』が約5000円と5万円弱。PCは以前から持っていたもので、テレビも家のものです。1回のサーキットでの練習走行より低予算で環境を整えられます」
続いて、練習時間の自由度の高さが挙げられる。
実際にサーキット走行をしようとすると、実走行以外で多くの時間がかかってしまう。例えば練習会などに参加するとしたら、クルマでサーキットまで移動し、マシンの整備を行い、エンジンやタイヤが慣れるまで暖気走行を行ってからやっとレーシングスピードで走れる。参加者が多ければ走行時間が区切られるし、遅いマシンがいればクリアラップ(走行を妨げるものがない、ベストなタイムを出せる周回のこと)は取れない。30分くらいの時間の中でタイム計測を行えるのはせいぜい数周という具合だ。
それに対してゲームではあらゆる時間を省略できる。
「サーキットまでの移動、準備時間、マシンの性能を発揮させるための暖気の時間なども一切必要なく、いきなりレーシングスピードで走行できます。しかも、燃料も減らないしタイヤも実際には摩耗しないので、いくら走っても問題ありません」
レースでは使ったタイヤとガソリンの分だけ速くなれると昔から言われるが、そのためにお金を使うという意味でもある。しかしeスポーツであれば、純粋に走った時間の分だけ習熟できるというわけだ。
「実際に今回のK-TAIの練習をしたのは、本番レースの3日前くらいから3時間ほどでした。3時間というと短く感じられるかもしれませんが、もし実車を使って3時間走行するとしたら、交通費、移動時間、燃料代、整備のための人数がかかるうえに、走行できる時間もほんのわずかしかありません」
たとえば、クルマで1日サーキットで練習走行するとしよう。まず、東京からサーキットに行く交通費だけで1万円、サーキット走行のための走行料、ガソリン代などで5万円くらいかかる。次にタイヤ代やマシンのメンテナンス費用などで、オイル、タイヤなどのお金が必要だ。これで5万円をかけてサーキットを数十周本気で走れるかというと、クーリングやマシンのチェックなどもあるので、レースのように長時間は走れない。しかし、ゲームであれば1回買ったらあとはタダ、寝る前に毎日30分くらい全開走行ができるのだ。
「確かに実車のスリルとか、実車じゃないと味わえない要素も多いですが、7〜8割のクオリティが格安で体験できます。それを考えれば十分に納得できるレベルだと思います」
一般にサーキットで実際に走行する際には、他の参加者も混走で走ることがほとんど。サーキットを占有するとなれば、相当な金額がかかってしまうからだ。つまり、サーキット練習は良くも悪くも常に他の車両と一緒に走行することが前提になる。
そして、タイムを見ながら走っていれば、当然他の人のタイムも気になってくるもの。友人などと一緒に練習していればその人の走りも意識してしまうだろう。しかし、ゲームにはそういった雑念の要素がない。
「シミュレーターでは、与えられた時間だけクリアラップ(他車が一切絡まない、1台だけでの理想の1周)がとれて、走っている最中にすぐ止めて、『今この走りが良かった、悪かったといったことも全部学習できます。そんな練習環境はリアルではあり得ません」
もちろん、オンライン上でタイムを競い合ったり、オンラインのeスポーツレースに参戦することもできるが、それらはいわば本番レース。他者を意識せずに練習できる環境も、eスポーツの強みだ。
サーキット走行をしている人がシミュレーターなどに乗ったときに一番言われるのが、実車ではわかる要素がわからないことへの不満だ。実車ではG(重力加速度)やタイヤのスキール音、ステアリングやブレーキの感触などによって、タイヤのグリップなどを感じることができる。
実車のレースを走ったことがある人ほど、それらがないことを「だからゲームなんぞ役に立たん」と一蹴しがちだ。しかし長尾さんによれば、これらの要素がないからこそ練習になるのだという。
「リアルレースとeスポーツで最も違うところは、『情報量が少ないこと』です。シミュレーターでは基本的に、タイヤの限界を感じ取るための方法は、視覚的な情報とステアリングのフィードバックしかありません。つまり、限られた情報から、タイヤの限界だったりマシンの挙動を脳内でイメージして走らせなければならない。
この、“いかに少ない情報量からクルマの状態を把握するか”が重要だと思っています。実車ではタイヤ、ステアリング、サスペンション、ブレーキ、ボディのたわみなどなど、『いまクルマはこう動きたいんだよな』ということを感じとるための情報源が4つとか5つあるとしたら、eスポーツはステアリングフィールだけです。
つまり、リアルなレースでは5つの情報などから走っているのに対して、1つの情報だけで走らなければならないんです。これによって、走るために必要なセンサーが鍛えられます。特に、ステアリング操作に対しての自分の五感の精度を上げていけると思います」
このことは、プロレーサーがシミュレーターを活用していることからも明確だ。たとえGや走行中の風の抵抗、環境の変化などの要素を排除したとしても、データロガーで走行を分析することでタイムを詰めるポイントを見極めている。
より速くなりたい人にとっては、イレギュラーな実車やコンディションの情報が、むしろ無駄な情報になる可能性もある。ゲームで練習することで、そのことに気づくきっかけにもなれるということのようだ。
K-TAI参加にあたっては、本番前に必ずツインリンクもてぎを1回は走行することが義務付けられている。長尾さんは今回、この練習走行に参加してから、『アセットコルサ』上の「ツインリンクもてぎ」コースで、270ccエンジンを搭載したカートで練習に取り組んだ。その一番のメリットは、なんといってもクルマが壊れないこと。それによって、失敗を恐れずに攻められるようになる。
「クルマを壊す心配がないので、実車だと試せない走行ラインやブレーキングポイントなどは、シミュレーターの方が心置きなく練習できます。
それに、実車だとタイヤのグリップを100%使うつもりでも安全マージンをとって95%くらいに抑えています。その95%の走りを、周回を重ねながら96%、97%と上げていくわけですが、限界は超えては走れません。
しかし、『アセットコルサ』である程度イメージできてから乗ると、乗り始めてからベストスコアが出るまでのラップが少なくて済むんです」
「ゲームなんだから壊れなくて当たり前だろう」という声も聞こえてきそうだが、実車での経験を持っている人と、ゲームしか走ったことのない人では受け取り方はまったく違うという。
「特にK-TAIは交代制なので、グラベルに突っ込む(コースアウトする)と抜けるまでに30分以上ロスしてしまうので、絶対にクルマを壊さず、次のドライバーにつなげなければなりません。今回のもてぎはゲーム上で『これくらいだと飛び出しちゃうのか……』といったコースの特性を理解してから本番に臨めたので、安心して走れました」
実車でのレースは気温、路面温度、天候の違いもあれば、タイヤやマシンの状態なども二度と同じ状況はない。だからこそ、そのような雑多な状況の中で「経験だけがモノをいう」という論調だ。これに関しては、長尾さん個人はもちろん、eスポーツを楽しんでいる人もまったく同じ考えだろう。
ただしeスポーツでは、ゲーム内の環境に限っては(プレイヤーの体調などは別)、まったく同じコンディションで何度でも練習できる。
「『アセットコルサ』でも、設定次第でタイヤを摩耗させたりできます。でもシミュレーターのいいところって、現実にはあり得ないまったく同じ状況を、何度でも再現できるところなんです。
例えば、カート場に行ってタイムがよくなかった時、自分のせいではなく環境のせいにしてしまいがちです。ですが、『アセットコルサ』には、今日は路面に土が乗ってたとか、路温が低かったとか、湿度が高いからエンジンのツキが悪かったといった要素は一切はありません。自分の運転技術をしっかり見つめる意味では、シミュレーターはいいかもしれません」
環境を言い訳にすると、いつまで経っても本当の意味で強くはなれない。誰にも言い訳ができず、あらゆる走行データが取得・分析できてしまうことで、得意な部分、苦手な部分が明確になるところもeスポーツの強みだ。
今回のK-TAI本番の結果としては、長尾さん自身も初めてのK-TAI、初めてのもてぎフルコースでのレース、初めて乗るマシンという状況のなか、しっかり安定した好タイムで走れたという。
「もてぎをレーシングカートで走る初めてのレースでしたが、同じマシンをドライブしたメンバーの最速タイムとほぼ同じタイムで周回できました。
これは、『アセットコルサ』である程度コースを理解できていたからこそ。混戦になったときなどにベストではないけれどそこそこ速いラインなどを知っていたからです。速く走るためだけではなく、不安要素をなくして目の前のことに集中できるようになる意味もあると思うんです」
不確実な要素に対する適応能力まではなくても、コースレイアウトを理解できていることで、本番での駆け引きの際に余裕が生まれる。不安な要素をなるべくレース前に排除できれば、目の前のレースでしか起きないような不確実なことにも集中して対応できるというわけだ。
最後にあらためて、レースゲーム『アセットコルサ』を使った練習で、どんな成果が得られるかをあらためてうかがった。
「アマチュアレーサーは練習環境も整っていませんし、プロレーサーを目指す人もスポンサーがいなければ満足に練習もできません。全部実車でやろうと思ったらできないような練習も、eスポーツならできてしまうというところは、かなり大きいと思っています。
シミュレーターはお金もそれほどかからず、周りとの変なライバル関係もないからこそ、本当に必要なことだけに時間を割けるという実感はあります」
ただし、どう頑張ってもeスポーツでは体験できないリアルなレースの魅力ももちろんある。それは長尾さん自身も感じていることだ。
「いくらeスポーツでテクニックが身についたとしても、エンジン音やオイルやタイヤの匂いがする現場で、本物のクルマに乗ってみたいとは思います。僕自身、もっと気軽にサーキット走行が楽しめるようなサーキットを、いつか自分の手で運営するのが夢なんです。
eスポーツの方が優れているというわけではなく、これまでは高額な予算を用意して実車でしか体験できなかったことが、eスポーツでも疑似的に体験・練習できるところがいいと思っています」
すでに、プロレーサーの間でも、初めて走るサーキットの練習にゲームを活用する人はかなり多い。実際に『グランツーリスモ』の大会で優勝した選手が、ル・マン24時間レースに出場したという実例も生まれているし、トヨタのモータースポーツ活動を担うTOYOTA GAZOO RACINGなどでもeスポーツに注力し初めている。また、オートバックスがスポンサードする『グランツーリスモSPORT』による国内最大のeモータースポーツの大会「AUTOBACS JEGT GRAND PRIX 2021 Series」といった大会も開催されている。
eスポーツレースがこれからさらに発展していけば、リアルレースの前にeスポーツが本人の努力によって憧れのレース参戦という夢をかなえられるかもしれない。
写真:小林健
2021 もてぎKART耐久フェスティバル“K-TAI”
https://www.twinring.jp/k-tai/
取材協力:
本田技研工業株式会社
https://www.honda.co.jp/
株式会社ホンダファイナンス
https://www.honda.co.jp/HFC/
株式会社モビリティランド
https://www.mobilityland.co.jp/
関彰商事株式会社
https://www.sekisho.co.jp/
横浜ゴム株式会社
https://www.y-yokohama.com/
株式会社ホクビー
https://www.hokubee.co.jp/
有限会社ケイズカンパニー
https://ksc6995.com/
「eスポーツはスポーツとは言えない」
「あんなのは子どもの遊びだ」
そんな意見を持つ人に感情だけで反論したところで、納得はしてもらえない。たかがゲームがリアルに役に立つことが実証できなければ、誤解を持った方たちも納得のしようがないだろう。
そこで今回は、この永遠とも言えるテーマに切り込むべく、eスポーツとリアルスポーツが最も近いと言われる「モータースポーツ」に注目。実際にどれくらいレースゲームがリアルなレースでの走りに貢献できるのかを検証してみた。
対象としたレースは、栃木県のツインリンクもてぎで毎年8月に開催されている、レーシングカートによる参加型レース「K-TAI」。国際コースであるもてぎを、給油やドライバー交代を繰り返しながら7時間にわたって走行する耐久レースだ。
ただしこの仮説は、もともと運転技術を備えているプロドライバーでは、コースとマシンへの適応能力が早いだけ、という可能性が生じてしまう。そこで、今回「K-TAI」に初参加するというアマチュアレーサーの長尾孟大さんにご協力いただいた。長尾さんはモータージャーナリストを中心とした老舗レーシングチーム「クラブレーシング」から今回初めてK-TAIに参加。普段はPC版レースゲーム『アセットコルサ コンペティツィオーネ』で練習している。
レースの前後で取材する中で、バーチャルなeスポーツのどんなところがリアルな走行に役立つのかが、長尾さんの体験談の中から見えてきた。レースゲームへの偏見を払拭する意味も含めて、eスポーツの7つの明確なメリットをご紹介しよう。
eスポーツのメリット(1)コストの低さ
長尾さんは、もともと改造した中古車をサーキットで走らせたり、新東京サーキットでカートなどを楽しむアマチュアレーサー。全日本選手権といった公式レースなどには出場しておらず、走ることが大好きなクルマ好きのひとりだ。クルマ専門の映像制作やYouTubeチャンネルの運用支援、eスポーツのライブ配信などを行う株式会社Carkichiの代表を務めながら、クルマ文化を次世代につなげるためのエンターテイメント施設を作るべく奔走中だ。
レースゲームで練習しているといっても、大会などに参加しているわけではなく、純粋にドライビングスキルの向上に利用しているという感じだ。
設備としては、ロジクールの「G27」というステアリングコントローラー(旧モデル)、モニターは27インチの一般的な液晶テレビ、シートは実車のマツダRX-8のものを自宅で座れるように改造したものと、本格的なレーシングシミュレーターと比べると一般家庭の環境に近いが、これでも十分に練習になるという。
「実車で練習するとなると、グリップ力の高い新品タイヤを組んでオイル交換をしたらもう10万円コースですが、ゲームなら一度コントローラーなどを購入すれば、いくら走ってもタダです。『G27』が3万円くらい、シートはヤフオクで5000円+送料5000円で1万円、『アセットコルサ』が約5000円と5万円弱。PCは以前から持っていたもので、テレビも家のものです。1回のサーキットでの練習走行より低予算で環境を整えられます」
eスポーツのメリット(2)練習時間の長さ
続いて、練習時間の自由度の高さが挙げられる。
実際にサーキット走行をしようとすると、実走行以外で多くの時間がかかってしまう。例えば練習会などに参加するとしたら、クルマでサーキットまで移動し、マシンの整備を行い、エンジンやタイヤが慣れるまで暖気走行を行ってからやっとレーシングスピードで走れる。参加者が多ければ走行時間が区切られるし、遅いマシンがいればクリアラップ(走行を妨げるものがない、ベストなタイムを出せる周回のこと)は取れない。30分くらいの時間の中でタイム計測を行えるのはせいぜい数周という具合だ。
それに対してゲームではあらゆる時間を省略できる。
「サーキットまでの移動、準備時間、マシンの性能を発揮させるための暖気の時間なども一切必要なく、いきなりレーシングスピードで走行できます。しかも、燃料も減らないしタイヤも実際には摩耗しないので、いくら走っても問題ありません」
レースでは使ったタイヤとガソリンの分だけ速くなれると昔から言われるが、そのためにお金を使うという意味でもある。しかしeスポーツであれば、純粋に走った時間の分だけ習熟できるというわけだ。
「実際に今回のK-TAIの練習をしたのは、本番レースの3日前くらいから3時間ほどでした。3時間というと短く感じられるかもしれませんが、もし実車を使って3時間走行するとしたら、交通費、移動時間、燃料代、整備のための人数がかかるうえに、走行できる時間もほんのわずかしかありません」
たとえば、クルマで1日サーキットで練習走行するとしよう。まず、東京からサーキットに行く交通費だけで1万円、サーキット走行のための走行料、ガソリン代などで5万円くらいかかる。次にタイヤ代やマシンのメンテナンス費用などで、オイル、タイヤなどのお金が必要だ。これで5万円をかけてサーキットを数十周本気で走れるかというと、クーリングやマシンのチェックなどもあるので、レースのように長時間は走れない。しかし、ゲームであれば1回買ったらあとはタダ、寝る前に毎日30分くらい全開走行ができるのだ。
「確かに実車のスリルとか、実車じゃないと味わえない要素も多いですが、7〜8割のクオリティが格安で体験できます。それを考えれば十分に納得できるレベルだと思います」
eスポーツのメリット(3)自分の走りに集中できる
一般にサーキットで実際に走行する際には、他の参加者も混走で走ることがほとんど。サーキットを占有するとなれば、相当な金額がかかってしまうからだ。つまり、サーキット練習は良くも悪くも常に他の車両と一緒に走行することが前提になる。
そして、タイムを見ながら走っていれば、当然他の人のタイムも気になってくるもの。友人などと一緒に練習していればその人の走りも意識してしまうだろう。しかし、ゲームにはそういった雑念の要素がない。
「シミュレーターでは、与えられた時間だけクリアラップ(他車が一切絡まない、1台だけでの理想の1周)がとれて、走っている最中にすぐ止めて、『今この走りが良かった、悪かったといったことも全部学習できます。そんな練習環境はリアルではあり得ません」
もちろん、オンライン上でタイムを競い合ったり、オンラインのeスポーツレースに参戦することもできるが、それらはいわば本番レース。他者を意識せずに練習できる環境も、eスポーツの強みだ。
eスポーツのメリット(4)情報量の少なさ
サーキット走行をしている人がシミュレーターなどに乗ったときに一番言われるのが、実車ではわかる要素がわからないことへの不満だ。実車ではG(重力加速度)やタイヤのスキール音、ステアリングやブレーキの感触などによって、タイヤのグリップなどを感じることができる。
実車のレースを走ったことがある人ほど、それらがないことを「だからゲームなんぞ役に立たん」と一蹴しがちだ。しかし長尾さんによれば、これらの要素がないからこそ練習になるのだという。
「リアルレースとeスポーツで最も違うところは、『情報量が少ないこと』です。シミュレーターでは基本的に、タイヤの限界を感じ取るための方法は、視覚的な情報とステアリングのフィードバックしかありません。つまり、限られた情報から、タイヤの限界だったりマシンの挙動を脳内でイメージして走らせなければならない。
この、“いかに少ない情報量からクルマの状態を把握するか”が重要だと思っています。実車ではタイヤ、ステアリング、サスペンション、ブレーキ、ボディのたわみなどなど、『いまクルマはこう動きたいんだよな』ということを感じとるための情報源が4つとか5つあるとしたら、eスポーツはステアリングフィールだけです。
つまり、リアルなレースでは5つの情報などから走っているのに対して、1つの情報だけで走らなければならないんです。これによって、走るために必要なセンサーが鍛えられます。特に、ステアリング操作に対しての自分の五感の精度を上げていけると思います」
このことは、プロレーサーがシミュレーターを活用していることからも明確だ。たとえGや走行中の風の抵抗、環境の変化などの要素を排除したとしても、データロガーで走行を分析することでタイムを詰めるポイントを見極めている。
より速くなりたい人にとっては、イレギュラーな実車やコンディションの情報が、むしろ無駄な情報になる可能性もある。ゲームで練習することで、そのことに気づくきっかけにもなれるということのようだ。
eスポーツのメリット(5) クルマを壊す心配がない
K-TAI参加にあたっては、本番前に必ずツインリンクもてぎを1回は走行することが義務付けられている。長尾さんは今回、この練習走行に参加してから、『アセットコルサ』上の「ツインリンクもてぎ」コースで、270ccエンジンを搭載したカートで練習に取り組んだ。その一番のメリットは、なんといってもクルマが壊れないこと。それによって、失敗を恐れずに攻められるようになる。
「クルマを壊す心配がないので、実車だと試せない走行ラインやブレーキングポイントなどは、シミュレーターの方が心置きなく練習できます。
それに、実車だとタイヤのグリップを100%使うつもりでも安全マージンをとって95%くらいに抑えています。その95%の走りを、周回を重ねながら96%、97%と上げていくわけですが、限界は超えては走れません。
しかし、『アセットコルサ』である程度イメージできてから乗ると、乗り始めてからベストスコアが出るまでのラップが少なくて済むんです」
「ゲームなんだから壊れなくて当たり前だろう」という声も聞こえてきそうだが、実車での経験を持っている人と、ゲームしか走ったことのない人では受け取り方はまったく違うという。
「特にK-TAIは交代制なので、グラベルに突っ込む(コースアウトする)と抜けるまでに30分以上ロスしてしまうので、絶対にクルマを壊さず、次のドライバーにつなげなければなりません。今回のもてぎはゲーム上で『これくらいだと飛び出しちゃうのか……』といったコースの特性を理解してから本番に臨めたので、安心して走れました」
eスポーツのメリット(6)純粋に運転技術のみを追求できる
実車でのレースは気温、路面温度、天候の違いもあれば、タイヤやマシンの状態なども二度と同じ状況はない。だからこそ、そのような雑多な状況の中で「経験だけがモノをいう」という論調だ。これに関しては、長尾さん個人はもちろん、eスポーツを楽しんでいる人もまったく同じ考えだろう。
ただしeスポーツでは、ゲーム内の環境に限っては(プレイヤーの体調などは別)、まったく同じコンディションで何度でも練習できる。
「『アセットコルサ』でも、設定次第でタイヤを摩耗させたりできます。でもシミュレーターのいいところって、現実にはあり得ないまったく同じ状況を、何度でも再現できるところなんです。
例えば、カート場に行ってタイムがよくなかった時、自分のせいではなく環境のせいにしてしまいがちです。ですが、『アセットコルサ』には、今日は路面に土が乗ってたとか、路温が低かったとか、湿度が高いからエンジンのツキが悪かったといった要素は一切はありません。自分の運転技術をしっかり見つめる意味では、シミュレーターはいいかもしれません」
環境を言い訳にすると、いつまで経っても本当の意味で強くはなれない。誰にも言い訳ができず、あらゆる走行データが取得・分析できてしまうことで、得意な部分、苦手な部分が明確になるところもeスポーツの強みだ。
eスポーツのメリット(7)長時間の疑似体験が短時間のリアル体験に勝る
今回のK-TAI本番の結果としては、長尾さん自身も初めてのK-TAI、初めてのもてぎフルコースでのレース、初めて乗るマシンという状況のなか、しっかり安定した好タイムで走れたという。
「もてぎをレーシングカートで走る初めてのレースでしたが、同じマシンをドライブしたメンバーの最速タイムとほぼ同じタイムで周回できました。
これは、『アセットコルサ』である程度コースを理解できていたからこそ。混戦になったときなどにベストではないけれどそこそこ速いラインなどを知っていたからです。速く走るためだけではなく、不安要素をなくして目の前のことに集中できるようになる意味もあると思うんです」
不確実な要素に対する適応能力まではなくても、コースレイアウトを理解できていることで、本番での駆け引きの際に余裕が生まれる。不安な要素をなるべくレース前に排除できれば、目の前のレースでしか起きないような不確実なことにも集中して対応できるというわけだ。
結論:eスポーツはリアルレースの練習に使える
最後にあらためて、レースゲーム『アセットコルサ』を使った練習で、どんな成果が得られるかをあらためてうかがった。
「アマチュアレーサーは練習環境も整っていませんし、プロレーサーを目指す人もスポンサーがいなければ満足に練習もできません。全部実車でやろうと思ったらできないような練習も、eスポーツならできてしまうというところは、かなり大きいと思っています。
シミュレーターはお金もそれほどかからず、周りとの変なライバル関係もないからこそ、本当に必要なことだけに時間を割けるという実感はあります」
ただし、どう頑張ってもeスポーツでは体験できないリアルなレースの魅力ももちろんある。それは長尾さん自身も感じていることだ。
「いくらeスポーツでテクニックが身についたとしても、エンジン音やオイルやタイヤの匂いがする現場で、本物のクルマに乗ってみたいとは思います。僕自身、もっと気軽にサーキット走行が楽しめるようなサーキットを、いつか自分の手で運営するのが夢なんです。
eスポーツの方が優れているというわけではなく、これまでは高額な予算を用意して実車でしか体験できなかったことが、eスポーツでも疑似的に体験・練習できるところがいいと思っています」
すでに、プロレーサーの間でも、初めて走るサーキットの練習にゲームを活用する人はかなり多い。実際に『グランツーリスモ』の大会で優勝した選手が、ル・マン24時間レースに出場したという実例も生まれているし、トヨタのモータースポーツ活動を担うTOYOTA GAZOO RACINGなどでもeスポーツに注力し初めている。また、オートバックスがスポンサードする『グランツーリスモSPORT』による国内最大のeモータースポーツの大会「AUTOBACS JEGT GRAND PRIX 2021 Series」といった大会も開催されている。
eスポーツレースがこれからさらに発展していけば、リアルレースの前にeスポーツが本人の努力によって憧れのレース参戦という夢をかなえられるかもしれない。
写真:小林健
2021 もてぎKART耐久フェスティバル“K-TAI”
https://www.twinring.jp/k-tai/
取材協力:
本田技研工業株式会社
https://www.honda.co.jp/
株式会社ホンダファイナンス
https://www.honda.co.jp/HFC/
株式会社モビリティランド
https://www.mobilityland.co.jp/
関彰商事株式会社
https://www.sekisho.co.jp/
横浜ゴム株式会社
https://www.y-yokohama.com/
株式会社ホクビー
https://www.hokubee.co.jp/
有限会社ケイズカンパニー
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