兼業プロゲーマーという選択肢【加齢選手インタビュー】

2023.1.24 岡安学
鉄拳7』のプロ選手として活躍する加齢選手は、拠点を大阪に置き、プロ活動以外に本業を持つ兼業ゲーマーです。東京に移り住み、プロゲーマーを専業とする選手が増えているなか、地方を拠点とし、兼業で活動することについて、また、現在のeスポーツシーンや『鉄拳7』の競技シーンについてもベテランプレイヤーの目線からどう見えているのかも聞いてきました。

加齢選手

関西を代表する『鉄拳』プレイヤー。『鉄拳5』からのプレイ歴があり、2018年5月に開催された「MASTER CUP TRY FUKUOKA」にて優勝を果たし、JeSU公認のプロライセンスを取得。翌年5月によしもとゲーミング入り。現在も関西を拠点に活動しており、本業のある兼業ゲーマーとして活躍。1993年生まれ。

二足のわらじを履く兼業プロゲーマー


——さっそくですが、自己紹介からお願いします。

加齢選手(以下加齢):よしもとゲーミング所属で、『鉄拳7』のプロプレイヤーをやっている加齢です。

——『鉄拳7』はプロ選手の数が少なく、プロライセンスを獲得することが難しいと言われています。加齢選手がプロになった時はプロ選手でもスポンサーが付かなかったり、チームに入っていなかったりするケースも多かったと思いますが、加齢選手はプロになったと同時によしもとゲーミング入りして結構早い展開でしたね。

加齢:プロゲーマーになった経緯は、ライセンス大会で優勝したことでした。その大会のMVPの賞品がよしもとゲーミングの支援によるラスベガスのEVOへの招待だったんです。その縁がきっかけで、よしもとゲーミングからチーム入りのお誘いがありまして、お世話になることになりました。

——チームとはどのような形態で契約したのでしょうか。

加齢:よしもとゲーミングからは、月々の報酬、いわゆる給料を支払う形態を提示してきました。ただ、給料を貰ってしまうと、日々の配信をやらなくてはなりませんし、さまざまな制約や仕事が増えてきてしまいます。本業を辞めて、プロゲーマー1本で活動する気はなかったので、そういった形態で活動するのは難しいと考えました。そこで、日本各地での大会や海外遠征時の渡航費や滞在費などを支援していただく形に落ち着きました。

——遠征費の支援をしてもらう条件の場合、加齢選手に課せられることはあったのでしょうか。

加齢:特にありませんでした。強いて言うのであれば、公的な場、大会やイベントに出場する時は、必ずチームのユニフォームを着るくらいですね。

——差し支えなければ加齢選手の本業を教えていただけますか?

加齢:医療関係のエンジニアをしています。電子カルテなどの医療システムを取り扱っている会社ですね。基本的に残業がないので、プロ活動もそこまで制限がない感じでやらせていただいています。ただ、出張はちょっと多めですね。最近はずっと沖縄に行っていました。

——加齢選手の年齢だと、プロゲーマーを目指すと言うよりは、本業ありきで、ゲームを嗜む感じになると思いますが、現在の職業は学生時代からの憧れの業種だったのでしょうか。

加齢:そうですね。ゲームはそれこそ子どもの頃からやっており、特にゲームセンターで遊んでいました。両親がゲームに関して理解があったので、自由にゲームセンターに出入りできる状態は良かったですね。自分で言うのも何ですが、勉強もそこそこできていたんです(笑)。なので、自分がやりたいことをできるように勉強し、やりたい仕事に就けるようになりました。

ゲームもやりたいことではありますが、今の仕事もやりたいことなんです。

以前、知り合いの教師から生徒がプロゲーマーになりたいと言っていると相談を受けたことがあります。プロゲーマーという職業自体を否定するつもりはさらさらありませんが、それだけを目指してしまうのは、自分の視野を狭めるところもあると思っています。いろいろ可能性を模索し、やりたいことを見据え、しっかりと考えた上で、決断することが必要だと思っています。


——生活のリソースをゲームに全振りしないとプロとして付いていけない選手もいますが、それ以外にもやれること、やりたくなることはたくさんあると思います。それを潰してしまうのはもったいないですね。

加齢:そうなんですよね。ただ、プロ選手となったからには、本業があっても、プロとしての責任は感じていますし、成果は残さないといけないと思っています。会社でも応援してくれる人がいますし、励みにもなります。

兼業プロゲーマーはまだまだ続けていく
鉄拳というコミュニティに恩返しがしたい


——プロとしての責任はどんなものがあると感じていますか?

加齢:プロ選手としては勝つことが重要です。ただ、勝つこと以外にもプロとして活動するには必要なものがあると思っています。もちろん、強さがアイデンティティとなる選手もいますが、それはナンバーワンの選手だけなので、それ以外の選手はプラスαが必要になってきます。

私の場合は、もともと一美と言うキャラクターでプロ選手になりましたが、その後のアップデート、ダウンロードコンテンツの新キャラで巌竜が追加されてからは、巌竜のみを使っています。この巌竜で一番の選手になりたいと思い、練度を高めています。

——『鉄拳7』のキャラクターは個性がありますが、システム的に同じようなことができるので、キャラの強さの差が出てしまうと覆しにくい部分がありますよね。その結果、強キャラが出現したとき、多くのプレイヤーがそのキャラクターに殺到してしまいがちです。

▲EVO Japan 2022の様子。当時はリロイ一強の時代で、上位プレイヤーのほとんどがリロイを使うという異色の展開になっていた

加齢:やはり少しでも勝率を上げるために、強キャラを選ぶことは間違いなのではないですけど、プロとして他人にどれだけ興味を持って貰えるかと言うのは本当に大事だと思います。そのキャラ選びに関しては譲れないものがありますね。

『鉄拳7』はどのキャラクターも基本的にできることは同じになっており、キャラクターの個性が以前よりもなくなっています。キャラ変更はしやすくなったと言う面もありますが、キャラクターによって強いところと弱いところがそれぞれあって、それを生かしたり、克服したりするようなところはあって欲しいですね。

——盟友の破壊王選手もキングやアーマーキングを使い続けることで、多くのキング使いからの支持を得ていますよね。そういうところはあると思います。その破壊王選手はずっと大阪で一緒にプレイしていたのでしょうか。

加齢:破壊王とは中学生の頃からずっと一緒に『鉄拳』をプレイしていました。ちょうど、プロ選定大会があった頃はプレイ環境として、かなりキツいものがありました。破壊王はちょっと前に仕事で広島に行っていて、以前のように一緒にプレイすることができなくなりました。

なので、大会で結果が出なかったら辞めてしまおうかなとも思ったくらいです。ただ、そのタイミングで破壊王が大阪に戻ってくることになり、また一緒にプレイができるようになって、かなりやり込みました。

▲写真左が加齢選手。右が破壊王選手

——プロゲーマーとして、日々の活動はどういったものでしょうか。

加齢:実は今住んでいる場所にゲーム機がないんです。近くに実家があり、そっちにあるんですけど、そこでプレイするのは土日がメインですね。なので、今はそこまでプレイできていません。以前はランクマに潜って、良く対戦をしていたんですけど、同じ人としか当たらないことが多く、練習としてはあまり効果がないかもと感じるようになりました。

なので、現在のようなプレイ環境、プレイ時間になりましたが、その代わり配信動画をよく観るようになりました。対戦相手であったり、気になるキャラクターであったり、動画で研究をするようになりました。

——ランクが上位になるほど、対戦相手の数は減っていってしまうので、そういう弊害はありますね。

加齢:そうなんですよね。すでに『鉄拳8』の発表もされていますし、『鉄拳7』はかなり落ち着いた状態になっています。なので、プレイし続けるのは結構キツいですね。プロとしてやれることはやっているつもりはありますが、個人では盛り上げようがないところまで来てしまっている感じです。大会自体も激減していますしね。まあ、今やっていることは『鉄拳8』になったとき、必ず生きてくると思ってやっています。

——コロナ禍と言うのもありますけど、確かに大会は少ない感じですね。

加齢:公式がもう少し動いてくれるとまだ盛り上がるところはあると思います。大会もいつものメンバーのような感じになっていますし、観ている方も代わり映えしないと思っているのではないでしょうか。コミュニティとか配信とかで、新規プレイヤーを育てることをやっているプロ選手もいますが、さすがに新規プレイヤーを増やすこと、新たなユーザーを増やすことはできないので、そこら辺はなんとかして欲しい部分です。

『鉄拳8』はそういう点は結構期待しています。『鉄拳7』のeスポーツシーンで、興味を持ってくれている人が、一度リセットされるタイミングで新規プレイヤーとして参入する可能性はあると思います。あとは『鉄拳8』では、コミュニティで会話しやすい仕組みづくりをして欲しいですね。観戦モードとか付いていれば、動画配信をしていなくても多くの視聴者がプロ選手や有名プレイヤーの対戦を気軽に観られるようになると思います。

——『鉄拳8』のリリースが見えてきているなか、今後の活動はどのようにしていく予定でしょうか。



加齢:要望的なものをいろいろ言いましたが、個人としてはプロシーンから一歩離れた状態にしていこうかと思っています。本当はプロライセンスの返上も考えていたんですけど、破壊王とか安田eスポーツさんにそこまではいいのでは?と窘められたので、もうちょっと頑張ってみようとは思っています。

——本業の方に力を入れていくということでしょうか。

加齢:実を言うと、もうすぐ子どもが生まれるんです。今後の生活は子どもを中心にしていきたいなと言う思いがあります。なので、本業と家庭と、生活の中のリソースが増えて来た中、どれだけプロ選手としての活動ができるかを考えたわけです。そこまで注力できないのであれば、『鉄拳』やeスポーツの世界で活動をしたいと思っている若手にその席を譲ったほうがいいかなと言う感じです。

——なるほど。現状としては、『鉄拳』やeスポーツシーンから引退するわけではないのですね。

加齢:そうですね。自分がプロとして活動ができていたり、『鉄拳』を続けてこられたのは、コミュニティの存在が大きいんです。なので、コミュニティに恩返しをしていきたいですね。若手に『鉄拳』のコミュニティを受け継いでもらえるように活動していきたい。

『鉄拳』って、地方での活動も結構活発でした。今は東京集中型の状態になっているので、大阪を中心にさまざまな地方都市でのコミュニティの活性化もしていきたいと思っています。通っていた大学のある三重県や出張で良く訪れる沖縄県とか、縁のある土地を中心に盛り上げていきたいですね。eスポーツの認知度を上げることもしていきたい。あとは『ポケモンGO』のGoバトルリーグはやっていきたいです(笑)。

大会もEVO Japanには出場しますし、次回のTOPANGA Championshipにも出場する予定です。出場する大会は限られてくると思いますが、出場したときはまた応援よろしくお願いします。

——ありがとうございました。

———

最近はプロeスポーツ選手が子どもたちに魅力的な職業として映ることもあり、将来の夢として挙げる人も増えています。しかし、世界にはさまざまな職業ややりたいことに溢れており、ひとつに決めつけてしまうことが可能性を潰してしまうことに等しいと言う話は、腑に落ちるものでした。

eスポーツ選手になれなかった時の保険的な意味合いや引退後のセカンドキャリアの為という後ろ向きな理由ではなく、eスポーツ選手も他の職業もいろんなことをやってみたいと言う兼業の在り方は、今後の指針のひとつとなり得るものかも知れません。

また、チームに入って活動する上での責任について考え、支援の形を変えて貰ったことや活動を抑えると考えた時にわざわざライセンスの返上まで考えたのは、プロとしての覚悟とその責務について考え、理解しているからこその行動であるわけです。兼業はともすれば専業よりも本気度が足りないと思われることもありますが、専業のプロ選手よりもプロとしての活動を真剣にとらえているのだと感じました。


加齢選手Twitter:
https://twitter.com/Karei_kazumi

【岡安学 プロフィール】
eスポーツを精力的に取材するフリーライター。ゲーム情報誌編集部を経て、フリーランスに。さまざまなゲーム誌に寄稿しながら、攻略本の執筆も行い、関わった書籍数は50冊以上。現在は、Webや雑誌、Mookなどで活動中。近著に『みんなが知りたかった最新eスポーツの教科書』(秀和システム刊)、『INGRESSを一生遊ぶ!』(宝島社刊)

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