【インタビュー】 オリンピック強化・研究拠点内にeスポーツ施設 「HPSC ESPORTS LAB」新設の理由とは? JESU/HPSCのキーマンに聞く
- 「ゲームをひたすら練習する」だけではない ——記者発表で語られたHPSC ESPORTS LABの役割
- JESUが考える「日本代表強化」の新しいかたち 選手一人ひとりの課題に、スポーツ医・科学から向き合う |JESU強化委員会 福田副委員長インタビュー
- 「選手ごとに違う課題」に対応できることが強み
- オリンピック・パラリンピックの知見をなぜeスポーツへ? HPSCがeスポーツを支援する理由 |HPSCセンター長 久木留毅氏インタビュー
- 「オリパラ」と「eスポーツ」の融合は、すでに競技の外側から始まっている
2026年7月31日、東京都北区のハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)内、味の素ナショナルトレーニングセンター 屋内トレーニングセンター・イーストにて、「HPSC ESPORTS LAB」のメディア発表会が開催された。
HPSCは、オリンピック・パラリンピックをはじめとするトップアスリートの強化を支えてきた日本のハイパフォーマンススポーツの中核拠点。その施設内に、eスポーツ選手を対象とした強化・研究拠点が設けられたことが、今回のメインの発表内容だ。
JSC(日本スポーツ振興センター)の公式発表によると、HPSC ESPORTS LABは、これまでHPSCが蓄積してきたスポーツ医・科学、情報、先端技術などの知見をeスポーツにも応用し、国際競技力の向上を支援することを目的としている。
施設は大きく「eスポーツゾーン」「バーチャルスポーツゾーン」「ウェルビーイングゾーン」の3つで構成。視線計測装置(アイトラッキング)、心拍計、脳波計、サーモグラフィーなどを活用し、選手の状態やプレーをデータとして捉えながら、エビデンスに基づく支援や研究を進めていく。
発表会当日は、第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)の日本代表である栗原悠輝選手(『ぷよぷよeスポーツ』)と貴田英貢也選手(『eFootball™』)による練習も公開。代表選手の強化拠点として、すでに実践的な活用が始まっている。
「ゲームをひたすら練習する」だけではない
発表会では、一般社団法人日本eスポーツ協会(JESU)、スポーツ庁、HPSCそれぞれの立場から、施設設置の狙いや今後への期待が語られた。
JESU共同代表理事副会長の越智政人氏は、「これまで選手個人の経験に頼る部分が大きかったeスポーツの強化に、HPSCが蓄積してきた医・科学的なトレーニングやコンディショニングの知見を取り入れ、新たな科学的知見を蓄積していくことに期待しています」と、日本のeスポーツを統括する立場から、海外競技での日本人選手の活躍に意欲を示した。

スポーツ庁競技スポーツ課の関口課長補佐は、「HPSCがリアルスポーツで培ってきた知見を基盤に、コンディショニング、パフォーマンス分析、データ活用、研究・実証を進め、得られた成果をeスポーツだけでなくリアルスポーツや社会にも還元していくことに期待」と述べた。

そして、HPSCセンター長の久木留毅氏は、ESPORTS LABの意義について、「オリンピック・パラリンピックで培ったスポーツ医・科学、情報面の支援をeスポーツへ展開すると同時に、eスポーツから生まれた知見を再びオリンピック・パラリンピックや一般社会へ還元する、双方向の連携を目指す」とした。

特に繰り返し語られていたのが、「競技をする場所を用意する」ことだけが、この施設の目的ではないという点だ。
HPSCではこれまで、トレーニングだけでなく、栄養、睡眠、メンタル、リカバリー、身体の状態のモニタリングまでを含めてアスリートを支援してきた。HPSC ESPORTS LABでも、同様の考え方をeスポーツ選手に導入し、一人ひとりのコンディションを含めた総合的な競技力向上を目指すという。
JESUとHPSCは施設開設以前から合宿や講習を実施しており、スポーツ医学、栄養、メンタルヘルス、睡眠、eスポーツ科学などをテーマにしたプログラムや、生体データの計測なども試してきた。それをさらに専門的に強化していくかたちだ。

JESUが考える「日本代表強化」の新しいかたち
では、実際にこの施設をどのように使い、日本のeスポーツ選手を強化していくのか。
発表会後に行われた、JESU強化委員会・福田副委員長とへの囲み取材から、その狙いを聞いた。
※以下の発言は、取材時の内容をもとに読みやすさを考慮して一部整理しています。

──HPSCという施設で医・科学的な支援を受けられることは、eスポーツ選手のパフォーマンスにどのような影響を与えると考えていますか?
福田: この施設には視線計測装置をはじめ、体温や身体の状態を測るための設備があり、これまでスポーツのアスリートに行われてきた医・科学的なサポートをeスポーツ選手にも提供できるようになります。
例えば、手のけがや身体のコンディション。海外遠征時の食事、メンタル面など、選手によって抱えている課題は異なります。
これまでのeスポーツでは、ゲームをひたすら練習することが中心になりがちでしたが、スポーツのアスリートと同じような視点からパフォーマンス向上を考えられることは、大きな変化になると思っています。
──日本代表の強化方法そのものも変わっていくのでしょうか?
福田:すでに合宿を2回実施しています。これまでは選手がそれぞれの環境で個人的に練習することが多かったのですが、講義を受けたり、この施設を使ってブートキャンプのような形式でまとまって練習したりする取り組みが始まっています。
『鉄拳8』のノビ選手も、すでにここで練習しています。大型スクリーンにプレー映像を出して、戻しながら確認したり、気になる場所をマーキングしたりといった分析もできます。こうした環境を日本代表の強化に生かしていきたいと考えています。

──施設には16台ほどのPCがあるとのことですが、複数タイトルの選手が利用する場合、どのように運用するのでしょうか?
福田:基本的には、タイトルごとに日程を分けて利用することを想定しています。一方で、音の干渉などの問題が少ないタイトルであれば、同時に合宿を行うような使い方も考えられます。
──9月に行われる愛知・名古屋アジア競技大会が終わった後も、利用していくのでしょうか?
福田:まずはアジア競技大会に向けた強化に取り組んでいますが、その後も各タイトルの主要な世界大会などに向けて、選手に利用してもらいたいと考えています。
──この取り組みから得たものを、将来的に日本のeスポーツ界全体へ還元するとすれば、どのような部分が大きいと考えていますか?
福田:選手によって課題がかなり違います。
手の腱鞘炎が試合に影響する選手もいれば、海外遠征で食事が合わずパフォーマンスを落としてしまう選手、大きな国際大会でメンタル面の課題を抱える選手もいます。
そうした一人ひとり異なる問題に対応できることが、HPSCとの取り組みの大きな意味だと考えています。
──HPSC全体を使えることのメリットや、今後追加したい機能はありますか?
福田:宿泊施設があり、食事も取れて、大浴場もあります。ここに来れば合宿を一つの施設内で完結できるのは大きな魅力です。
今後については、実際の大会環境に近いセットアップを作りたいと思っています。例えば、FPSなどでは音が重要なので、大会で使われるようなホワイトノイズの環境を再現できないか、HPSCとも話をしています。
オリンピック・パラリンピックの知見をなぜeスポーツへ?
続いて、オリンピック・パラリンピックの選手もサポートしてきた経験のあるHPSCセンター長の久木留毅氏に、施設設備やその活用方法などをうかがった。
──あらためて、HPSCがeスポーツを支援する意義を教えてください。
久木留:私たちは、これまでオリンピック・パラリンピックで培ってきたスポーツ医・科学、情報面の支援を、新しい競技領域であるeスポーツにも展開していこうと考えています。
まず大きな目的にあるのは国際競技力の向上です。eスポーツは愛知・名古屋アジア競技大会の正式競技でもあります。日本代表選手を支えるという意味で、この施設を活用していきます。

──オリンピック・パラリンピックの選手に提供してきたノウハウで、すでにeスポーツ選手にも生かされているものはありますか?
久木留:水分補給、睡眠、身体のリカバリーなどですね。スポーツ科学の基本として、運動、栄養、休養のリズムやタイミング、つまりコンディショニングは非常に重要です。
これはオリンピック・パラリンピックのアスリートだけではなく、eスポーツのアスリートにも展開できると考えています。
これまでの取り組みでは、運動をした際の身体の変化を測ったり、ゲームの前、プレー中、プレー後で脳活動がどのように変化するのかを可視化したりしました。自分の状態をデータで確認できることを新鮮に感じた選手もいたと聞いています。
──逆に、eスポーツ選手を研究することで得た知見を、オリンピック・パラリンピックに生かしていくことも考えているのでしょうか?
久木留:まさにそこは大きな狙いです。
例えば、この施設ではアイトラッキングによって、選手がどこを見ながらプレーしているのかを追うことができます。今後データが蓄積されれば、強い選手がどこを見ているのかということも分かってくる可能性があります。
オリンピック・パラリンピックでも「ビジョントレーニング」はまだ発展の余地があります。eスポーツから得られた知見を、そうした領域に展開することも考えられます。
eスポーツ選手が持つ高い集中力や、VR、MRといったデジタル技術の活用についても、互いに知見を共有できる部分はあると思っています。
──施設の規模や整備費について教えてください。
久木留:全体で約180平方メートルです。ゲーミングPCは16台設置しています。
もともとは倉庫だった場所を整備しており、施設の整備に約4100万円、機器に約3600万円、合わせて8000万円弱です。国の補助金を活用して整備しています。
eスポーツでは今後も高いスペックのPCが必要になりますし、ゲームタイトルの入れ替えもあります。その点も踏まえながら予算を確保していく考えです。

──PCの性能だけでなく、通信環境も重要になります。
久木留:そこは非常に重視しました。
試合会場に近い環境をイメージし、通信が不安定になることがないように整備しています。PCについても、特定メーカーの製品というより、JESUからアドバイスをもらいながら必要なスペックを考え、用意しています。
今回の発表会を取材して最も印象的だったのは、HPSC ESPORTS LABが単純な「eスポーツ専用練習場」として作られたわけではないことだ。
オリンピック・パラリンピックのアスリートに対して蓄積してきた、栄養、睡眠、メンタル、リカバリー、身体データの分析といったノウハウをeスポーツへ持ち込む。その一方で、eスポーツならではの視線の動きや集中、デジタルデバイスとの関わり、VR・MRなどの知見を、今度はオリンピック・パラリンピックの競技へ戻していく。
HPSCという施設で行う以上、オリンピック・パラリンピックとの成果の共有はある意味では前提条件。その意味では、もともとただのビデオゲーム=遊びとしか思われてこなかったものが、国の威信と個人の夢をかけて争われるスポーツ競技と同等の扱いを受けるということが、いちeスポーツ関係者としてもうれしい。
さらに興味深いのが、HPSC ESPORTS LABの中に「ウェルビーイングゾーン」が設けられている点だ。久木留センター長は、将来的にはそこでeスポーツ選手とオリンピック・パラリンピックの選手がコミュニケーションを取り、それぞれの競技やトレーニングについて語り合う姿も想定しているという。
かつてHPSCがオリンピック選手への支援で培った知見をパラリンピックへ展開してきたように、今度はeスポーツという異なるハイパフォーマンス領域が加わる。久木留センター長が語った「違う化学反応」が生まれるかどうかは、HPSC ESPORTS LABの今後を見る上で重要なポイントになりそうだ。
一方、「オリンピック・eスポーツ・ゲームズ」をめぐる国際的な枠組みは現在も流動的だ。IOCは2024年に大会創設を決定したものの、2025年10月にはサウジアラビア側との協力関係を終了し、新たな開催モデルを検討すると発表している。2026年に入ってからも、IOCのカースティ・コベントリー会長はeスポーツへの取り組みを継続する姿勢を示している。
さらに、11月に開催予定だったサウジアラビアを中心としたeスポーツファンデーション主催の「Esports Nations Cup 2026」も、中東情勢を受けて今年は見送られることになってしまった。
こうした状況の中で、今回の取り組みで注目したいのは、「eスポーツがオリンピックになるか」という点ではない。eスポーツの国際大会で結果を求められる選手に対して、身体やメンタルも含めた「アスリート」としての支援を行い、その過程で生まれた知見を既存のスポーツにも循環させていくことの可能性を、世界に先んじて国として支援するという点だ。このような取り組みを行っている国は、eスポーツ先進国と言われる韓国や中国でもあまり見られないという。
HPSC ESPORTS LABは、オリンピック・パラリンピックとeスポーツの融合を、競技大会の枠組みよりも先に「強化」「研究」「コンディショニング」という現場から進める施設。試合での成績に結びつけることももちろん大切だが、それ以上にeスポーツの社会的立場や理解を深め、科学的な知見から選手の弱点克服や強化の実例を作ることができれば、日本のeスポーツの強化を進めることもできそうだ。
ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC):https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/
日本スポーツ振興センター(JSC):https://www.jpnsport.go.jp/
一般社団法人日本eスポーツ協会(JESU):https://jesu.or.jp/
スポーツ庁:https://www.mext.go.jp/sports/
第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋):https://www.aichi-nagoya2026.org/
IOC「Olympic Esports Games」:https://www.olympics.com/ioc/olympic-esports-games
味の素ナショナルトレーニングセンター アクセス:https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/tabid/1721/Default.aspx#access
HPSCは、オリンピック・パラリンピックをはじめとするトップアスリートの強化を支えてきた日本のハイパフォーマンススポーツの中核拠点。その施設内に、eスポーツ選手を対象とした強化・研究拠点が設けられたことが、今回のメインの発表内容だ。
JSC(日本スポーツ振興センター)の公式発表によると、HPSC ESPORTS LABは、これまでHPSCが蓄積してきたスポーツ医・科学、情報、先端技術などの知見をeスポーツにも応用し、国際競技力の向上を支援することを目的としている。
施設は大きく「eスポーツゾーン」「バーチャルスポーツゾーン」「ウェルビーイングゾーン」の3つで構成。視線計測装置(アイトラッキング)、心拍計、脳波計、サーモグラフィーなどを活用し、選手の状態やプレーをデータとして捉えながら、エビデンスに基づく支援や研究を進めていく。
発表会当日は、第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋)の日本代表である栗原悠輝選手(『ぷよぷよeスポーツ』)と貴田英貢也選手(『eFootball™』)による練習も公開。代表選手の強化拠点として、すでに実践的な活用が始まっている。
「ゲームをひたすら練習する」だけではない
——記者発表で語られたHPSC ESPORTS LABの役割
発表会では、一般社団法人日本eスポーツ協会(JESU)、スポーツ庁、HPSCそれぞれの立場から、施設設置の狙いや今後への期待が語られた。
JESU共同代表理事副会長の越智政人氏は、「これまで選手個人の経験に頼る部分が大きかったeスポーツの強化に、HPSCが蓄積してきた医・科学的なトレーニングやコンディショニングの知見を取り入れ、新たな科学的知見を蓄積していくことに期待しています」と、日本のeスポーツを統括する立場から、海外競技での日本人選手の活躍に意欲を示した。

JESU共同代表理事副会長の越智政人氏
スポーツ庁競技スポーツ課の関口課長補佐は、「HPSCがリアルスポーツで培ってきた知見を基盤に、コンディショニング、パフォーマンス分析、データ活用、研究・実証を進め、得られた成果をeスポーツだけでなくリアルスポーツや社会にも還元していくことに期待」と述べた。

スポーツ庁競技スポーツ課の関口課長補佐氏
そして、HPSCセンター長の久木留毅氏は、ESPORTS LABの意義について、「オリンピック・パラリンピックで培ったスポーツ医・科学、情報面の支援をeスポーツへ展開すると同時に、eスポーツから生まれた知見を再びオリンピック・パラリンピックや一般社会へ還元する、双方向の連携を目指す」とした。

HPSCセンター長の久木留毅氏
特に繰り返し語られていたのが、「競技をする場所を用意する」ことだけが、この施設の目的ではないという点だ。
HPSCではこれまで、トレーニングだけでなく、栄養、睡眠、メンタル、リカバリー、身体の状態のモニタリングまでを含めてアスリートを支援してきた。HPSC ESPORTS LABでも、同様の考え方をeスポーツ選手に導入し、一人ひとりのコンディションを含めた総合的な競技力向上を目指すという。
JESUとHPSCは施設開設以前から合宿や講習を実施しており、スポーツ医学、栄養、メンタルヘルス、睡眠、eスポーツ科学などをテーマにしたプログラムや、生体データの計測なども試してきた。それをさらに専門的に強化していくかたちだ。

JESUが考える「日本代表強化」の新しいかたち
選手一人ひとりの課題に、スポーツ医・科学から向き合う
|JESU強化委員会 福田副委員長インタビュー
では、実際にこの施設をどのように使い、日本のeスポーツ選手を強化していくのか。
発表会後に行われた、JESU強化委員会・福田副委員長とへの囲み取材から、その狙いを聞いた。
※以下の発言は、取材時の内容をもとに読みやすさを考慮して一部整理しています。

JESU強化委員会の福田副委員長
──HPSCという施設で医・科学的な支援を受けられることは、eスポーツ選手のパフォーマンスにどのような影響を与えると考えていますか?
福田: この施設には視線計測装置をはじめ、体温や身体の状態を測るための設備があり、これまでスポーツのアスリートに行われてきた医・科学的なサポートをeスポーツ選手にも提供できるようになります。
例えば、手のけがや身体のコンディション。海外遠征時の食事、メンタル面など、選手によって抱えている課題は異なります。
これまでのeスポーツでは、ゲームをひたすら練習することが中心になりがちでしたが、スポーツのアスリートと同じような視点からパフォーマンス向上を考えられることは、大きな変化になると思っています。
──日本代表の強化方法そのものも変わっていくのでしょうか?
福田:すでに合宿を2回実施しています。これまでは選手がそれぞれの環境で個人的に練習することが多かったのですが、講義を受けたり、この施設を使ってブートキャンプのような形式でまとまって練習したりする取り組みが始まっています。
『鉄拳8』のノビ選手も、すでにここで練習しています。大型スクリーンにプレー映像を出して、戻しながら確認したり、気になる場所をマーキングしたりといった分析もできます。こうした環境を日本代表の強化に生かしていきたいと考えています。

施設見学の際に行われた、大型モニターを使った戦術の確認の様子。同様のことは選手同士でも行ってきたが、専用設備等の導入でよりやりやすくもなる
──施設には16台ほどのPCがあるとのことですが、複数タイトルの選手が利用する場合、どのように運用するのでしょうか?
福田:基本的には、タイトルごとに日程を分けて利用することを想定しています。一方で、音の干渉などの問題が少ないタイトルであれば、同時に合宿を行うような使い方も考えられます。
──9月に行われる愛知・名古屋アジア競技大会が終わった後も、利用していくのでしょうか?
福田:まずはアジア競技大会に向けた強化に取り組んでいますが、その後も各タイトルの主要な世界大会などに向けて、選手に利用してもらいたいと考えています。
「選手ごとに違う課題」に対応できることが強み
──この取り組みから得たものを、将来的に日本のeスポーツ界全体へ還元するとすれば、どのような部分が大きいと考えていますか?
福田:選手によって課題がかなり違います。
手の腱鞘炎が試合に影響する選手もいれば、海外遠征で食事が合わずパフォーマンスを落としてしまう選手、大きな国際大会でメンタル面の課題を抱える選手もいます。
そうした一人ひとり異なる問題に対応できることが、HPSCとの取り組みの大きな意味だと考えています。
──HPSC全体を使えることのメリットや、今後追加したい機能はありますか?
福田:宿泊施設があり、食事も取れて、大浴場もあります。ここに来れば合宿を一つの施設内で完結できるのは大きな魅力です。
今後については、実際の大会環境に近いセットアップを作りたいと思っています。例えば、FPSなどでは音が重要なので、大会で使われるようなホワイトノイズの環境を再現できないか、HPSCとも話をしています。
「ホワイトノイズ」とは
もともとは人間の耳に聞こえる周波数による雑音のことで、文字通り「白色雑音」と訳される。eスポーツでは、オフライン大会(有観客の会場など)で観客の歓声や実況・解説の音声を選手が聞き取って有利な情報を得ることを防ぐため、ヘッドセットから流す「サーッ」という均一な雑音を指す。整えられた大会ではない環境での試合を想定すると、試合時に必ず必要になるものでもある。
もともとは人間の耳に聞こえる周波数による雑音のことで、文字通り「白色雑音」と訳される。eスポーツでは、オフライン大会(有観客の会場など)で観客の歓声や実況・解説の音声を選手が聞き取って有利な情報を得ることを防ぐため、ヘッドセットから流す「サーッ」という均一な雑音を指す。整えられた大会ではない環境での試合を想定すると、試合時に必ず必要になるものでもある。
オリンピック・パラリンピックの知見をなぜeスポーツへ?
HPSCがeスポーツを支援する理由
|HPSCセンター長 久木留毅氏インタビュー
続いて、オリンピック・パラリンピックの選手もサポートしてきた経験のあるHPSCセンター長の久木留毅氏に、施設設備やその活用方法などをうかがった。
──あらためて、HPSCがeスポーツを支援する意義を教えてください。
久木留:私たちは、これまでオリンピック・パラリンピックで培ってきたスポーツ医・科学、情報面の支援を、新しい競技領域であるeスポーツにも展開していこうと考えています。
まず大きな目的にあるのは国際競技力の向上です。eスポーツは愛知・名古屋アジア競技大会の正式競技でもあります。日本代表選手を支えるという意味で、この施設を活用していきます。

HPSCセンター長の久木留毅氏
──オリンピック・パラリンピックの選手に提供してきたノウハウで、すでにeスポーツ選手にも生かされているものはありますか?
久木留:水分補給、睡眠、身体のリカバリーなどですね。スポーツ科学の基本として、運動、栄養、休養のリズムやタイミング、つまりコンディショニングは非常に重要です。
これはオリンピック・パラリンピックのアスリートだけではなく、eスポーツのアスリートにも展開できると考えています。
これまでの取り組みでは、運動をした際の身体の変化を測ったり、ゲームの前、プレー中、プレー後で脳活動がどのように変化するのかを可視化したりしました。自分の状態をデータで確認できることを新鮮に感じた選手もいたと聞いています。
──逆に、eスポーツ選手を研究することで得た知見を、オリンピック・パラリンピックに生かしていくことも考えているのでしょうか?
久木留:まさにそこは大きな狙いです。
例えば、この施設ではアイトラッキングによって、選手がどこを見ながらプレーしているのかを追うことができます。今後データが蓄積されれば、強い選手がどこを見ているのかということも分かってくる可能性があります。
オリンピック・パラリンピックでも「ビジョントレーニング」はまだ発展の余地があります。eスポーツから得られた知見を、そうした領域に展開することも考えられます。
eスポーツ選手が持つ高い集中力や、VR、MRといったデジタル技術の活用についても、互いに知見を共有できる部分はあると思っています。
──施設の規模や整備費について教えてください。
久木留:全体で約180平方メートルです。ゲーミングPCは16台設置しています。
もともとは倉庫だった場所を整備しており、施設の整備に約4100万円、機器に約3600万円、合わせて8000万円弱です。国の補助金を活用して整備しています。
eスポーツでは今後も高いスペックのPCが必要になりますし、ゲームタイトルの入れ替えもあります。その点も踏まえながら予算を確保していく考えです。

『ぷよぷよeスポーツ』の練習風景。多人数対戦のゲームでは、デスクやPCをその都度配置することになる。電源や通信設備も確保されている
──PCの性能だけでなく、通信環境も重要になります。
久木留:そこは非常に重視しました。
試合会場に近い環境をイメージし、通信が不安定になることがないように整備しています。PCについても、特定メーカーの製品というより、JESUからアドバイスをもらいながら必要なスペックを考え、用意しています。
「オリパラ」と「eスポーツ」の融合は、すでに競技の外側から始まっている
今回の発表会を取材して最も印象的だったのは、HPSC ESPORTS LABが単純な「eスポーツ専用練習場」として作られたわけではないことだ。
オリンピック・パラリンピックのアスリートに対して蓄積してきた、栄養、睡眠、メンタル、リカバリー、身体データの分析といったノウハウをeスポーツへ持ち込む。その一方で、eスポーツならではの視線の動きや集中、デジタルデバイスとの関わり、VR・MRなどの知見を、今度はオリンピック・パラリンピックの競技へ戻していく。
HPSCという施設で行う以上、オリンピック・パラリンピックとの成果の共有はある意味では前提条件。その意味では、もともとただのビデオゲーム=遊びとしか思われてこなかったものが、国の威信と個人の夢をかけて争われるスポーツ競技と同等の扱いを受けるということが、いちeスポーツ関係者としてもうれしい。
さらに興味深いのが、HPSC ESPORTS LABの中に「ウェルビーイングゾーン」が設けられている点だ。久木留センター長は、将来的にはそこでeスポーツ選手とオリンピック・パラリンピックの選手がコミュニケーションを取り、それぞれの競技やトレーニングについて語り合う姿も想定しているという。
かつてHPSCがオリンピック選手への支援で培った知見をパラリンピックへ展開してきたように、今度はeスポーツという異なるハイパフォーマンス領域が加わる。久木留センター長が語った「違う化学反応」が生まれるかどうかは、HPSC ESPORTS LABの今後を見る上で重要なポイントになりそうだ。
一方、「オリンピック・eスポーツ・ゲームズ」をめぐる国際的な枠組みは現在も流動的だ。IOCは2024年に大会創設を決定したものの、2025年10月にはサウジアラビア側との協力関係を終了し、新たな開催モデルを検討すると発表している。2026年に入ってからも、IOCのカースティ・コベントリー会長はeスポーツへの取り組みを継続する姿勢を示している。
さらに、11月に開催予定だったサウジアラビアを中心としたeスポーツファンデーション主催の「Esports Nations Cup 2026」も、中東情勢を受けて今年は見送られることになってしまった。
こうした状況の中で、今回の取り組みで注目したいのは、「eスポーツがオリンピックになるか」という点ではない。eスポーツの国際大会で結果を求められる選手に対して、身体やメンタルも含めた「アスリート」としての支援を行い、その過程で生まれた知見を既存のスポーツにも循環させていくことの可能性を、世界に先んじて国として支援するという点だ。このような取り組みを行っている国は、eスポーツ先進国と言われる韓国や中国でもあまり見られないという。
HPSC ESPORTS LABは、オリンピック・パラリンピックとeスポーツの融合を、競技大会の枠組みよりも先に「強化」「研究」「コンディショニング」という現場から進める施設。試合での成績に結びつけることももちろん大切だが、それ以上にeスポーツの社会的立場や理解を深め、科学的な知見から選手の弱点克服や強化の実例を作ることができれば、日本のeスポーツの強化を進めることもできそうだ。
ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC):https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/
日本スポーツ振興センター(JSC):https://www.jpnsport.go.jp/
一般社団法人日本eスポーツ協会(JESU):https://jesu.or.jp/
スポーツ庁:https://www.mext.go.jp/sports/
第20回アジア競技大会(2026/愛知・名古屋):https://www.aichi-nagoya2026.org/
IOC「Olympic Esports Games」:https://www.olympics.com/ioc/olympic-esports-games
味の素ナショナルトレーニングセンター アクセス:https://www.jpnsport.go.jp/hpsc/tabid/1721/Default.aspx#access
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